第11回 ワクチンと免罪符

 奈良県立美術館の「ウィリアム・モリス展」は、6月26日(土)に無事開幕し、初日に400人を超えるご来場を頂き、出足は極めて順調です。このままコロナ騒動が沈静化することを心から願っています。
 さて先日、新型コロナ肺炎に対する2回目のワクチンを接種してきました。親しい医師によると、1回目の接種で約7割のひとに抗体ができ、2回目接種後約2週間でほぼ100%の効果があるとのこと。まあ、「鰯の頭もなんとやら」の気分ではありますが・・。
 それにしても昨年来のテレビ番組やネット世論、自称専門家らによる悲観的「大予言」のオンパレードと、政府の対応を一方的に非難する野党サイドの賑やかさにもかかわらず、諸外国のような事態にならなかったことは不幸中の幸いでした。もっとも、オリパラ開催で数値が変動すれば、またもや「医療崩壊論」や責任追及が再燃するのでしょうか。これからは、「悲観論はカネになる」「文句を言うのが民主主義」のままに、マスコミなどは視聴率のために真偽も定かでない情報を垂れ流すのを卒業して、冷静な報道をお願いしたいものです。
 概ねキリスト教圏の歴史は、聖書に描かれる終末論を背景にしたExsodus(エクソダス、モーゼやノアのような預言者に導かれた危機からの脱出)に際し、「乗り遅れるな!」が常に合い言葉で、多くのハリウッド映画はだいたいその筋立てで物語が展開していきます。そして、欧米諸国が今回のワクチン接種に狂奔するさまを見ていると、16世紀ヨーロッパの免罪符騒動を思い浮かべました。
image 黒死病といわれたペストが蔓延した中世末期、カトリック教会が、大きな建築計画などの資金調達のために、「免罪符(indulgentia)」を濫発しました。「一刻も早く免罪符を購入すれば、煉獄に落ちても霊魂の罪が償える」と庶民を唆してお金をかき集めました。しかしこのことによってカトリック教会への不信感が増大し、その権威の失墜に繋がりました。そしてマルチン・ルターで有名な宗教改革運動が起こり、スペイン、ポルトガルの旧教勢力に替わって、オランダやイギリスという新教勢力が台頭して、北米大陸やアフリカ、そしてインドから東南アジアに植民地を拡げるGlobalismを加速させ、西欧列強による地球規模の過酷な分割へと繋がりました。 (図版:コロナワクチンの接種会場を連想させる「免罪符の頒布所」16世紀の木版画)
 さて今回のコロナ肺炎禍とワクチン騒動のあと、世界はどうなるのでしょう?少なくとも冷戦終了以後の米国一極型のGlobalismは終焉を迎え、IT先進国に脱皮した中国やインドなどを含む多極的覇権主義の時代に突入しそうな予感。これを指してG・Localism(グローカリズム)という造語も流行り始めています。インターネットによって繋がった世界各地において、地域独自の価値観がより強調され発信される時代がくるのでしょう。そしてソ連崩壊後に中東が混沌としてしまったように、東アジアが不安定化する可能性も否定できません。そのような時代にあって、最近陰りが見えてきたわが国の経済や科学技術を反省して、私たちの伝統的な固有文化をただの飾りものではなく、その知性を活用した日本発の強靱な国家戦略を持つ必要があるでしょう。ほんものの芸術文化の出番です。


2021年6月29日
館長 籔内佐斗司