
安藤榮作展に寄せて
奈良県立美術館館長
籔内 佐斗司

東京藝術大学には、50数年前に建てられた彫刻棟という鉄筋コンクリート造三階建ての大きな校舎がある。そして彫刻専攻の学生のうち、木を素材にする学生はその一階にある広々とした木彫実習室で制作をする。建設の構想時にまだ講師だった澄川喜一先生(1931〜2023、元東京藝大学長、文化功労者、文化勲章受賞)が「これからは、粘土を使った塑造よりも木や石や金属などの実材を使う制作の時代が来る」と強く主張され、居並ぶ先輩教授連の反対を押し切って実現させたものだ。屋内の高い天井には、当時の美術大学には珍しかった大型のホイスト(移動式電動クレーン)が取り付けられ、クスノキの巨木も難なく動かすことができた。そして澄川先生の狙い通り、その実習室から多くの木彫家が巣立って行った。私も大学院修士課程を出るまでの6年間、木彫室を思う存分活用させてもらったひとりだ。
私の少し先輩で静謐な人物像で知られる舟越桂(1951〜2024)や馬や椅子をモチーフにした文学的造形の深井隆(1951〜)、数学年後輩でぬいぐるみのような造形の動物彫刻で知られる三澤厚彦(1961〜)など、みんなその木彫室で研鑽を積んだもので、東京藝大的木彫作家の系譜として辿ることができる。
しかしながら、この度当館で個展をする安藤榮作(1961〜)は、藝大在学中に石彫を専攻していた。大学卒業後に植木屋でアルバイトをしていたときに、剪定後に廃棄される廃材を使って作品を作り始めたのが現在の作風に繋がっている。手斧を振るって、木を「彫る」と言うよりは、「削(はつ)る」といった造り方は、石彫の彫り方に起因しているのだという。鑿と木槌と彫刻刀を使ってヒノキを慈しむように彫っていた私には、ギャラリーなどで見かけた彼の作品に、「ずいぶん乱暴な造り方だなあ」と思いつつも、その荒々しい造形に不思議な存在感と魅力を感じ、今までにない木彫作家の出現を確信させた。
1990年から木材がふんだんに得られる福島県いわき市の山間部に工房を構え、2007年に同市の海辺に拠点を移し、海岸の流木なども使いつつ、妻の彫刻家・長谷川浩子とともに順調に制作を続けていた。
ところが2011年3月、東日本大震災の津波と原発災害に遭遇して、家財や作品、愛犬などの全てを流されて彼の生活環境は一変、放射能の影響を逃れていわき市を離れることとなった。同年、奈良県明日香村に移住し、その後、あらたな制作現場を求め2012年から天理市の現工房に移転する。そして、彼の表現が反原発の立場から自然との共存を訴える強いメッセージを込めた作品へと傾斜していくにつれ、作品の評価はどんどん高まり、2017年に第28回平櫛田中賞、2019年に第10回円空賞などを受賞し、現在も旺盛な創作活動を続け、日本の現代彫刻界を牽引するひとりとなっている。
2025年9月13日から、奈良県立美術館では、特別展「安藤榮作―約束の船―」展を開催する。巨大な作品も含め多くが当館の展示室に合わせた新作という意欲的な展示だ。会場の一室には彼の作業場を再現し、会期中に公開制作も行う。全館を使って、荒削りだがメッセージ性の強い木の作品群で溢れることだろう。
3.11の大震災をきっかけに林業の国・奈良とのご縁が結ばれた彼の骨太で魅惑的な作品のかずかずを、ぜひ多くのみなさまにご堪能いただきたいと思う。
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