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片岡八郎公顕彰碑(所在:達磨寺) かたおかはちろうこうけんしょうひ

記入年月日 2016/06/30

片岡八郎公顕彰碑
所在地
奈良県北葛城郡王寺町本町2丁目1番40号
区分
碑文・道標 | 記念碑
指定内容

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要
 王寺町の片岡家第17代当主で、元弘2年(1332年)に大塔宮護良親王を守って十津川にて討死した片岡八郎を顕彰する石碑です。片岡八郎は鎌倉末から南北朝期にかけての人物ですが、大正4年(1915年)に片岡八郎に正五位が贈られました。この石碑は昭和15年(1940年)の皇紀2600年の記念事業として建立され、片岡八郎の事績を刻んでいます。もとは王寺小学校の校庭に建てられていましたが、国道168号の拡幅事業に伴って達磨寺境内に移設されました。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
 王寺町の偉人として顕彰される片岡八郎の事績を刻んだ石碑であり、皇紀2600年事業の一端を示す資料としても重要です。
「記紀・万葉集」との関連とその概要
 『日本書紀』推古天皇21年(613年)12月条に、聖徳太子が飢人と出会い、助け、埋葬したところ、その飢人の遺体が消えてなくなったとされる飢人伝説があります。のちに飢人が達磨大師の化身とされて達磨寺が開基されました。
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
 大塔宮護良親王。鎌倉幕府を倒すために父・後醍醐天皇とともに戦った人物です。
当資源と関連する伝承
 片岡八郎は十津川村玉置山腹で大塔宮を守るために戦死したといい、その場所は花折塚と呼ばれて石碑が建立されています。片岡八郎公顕彰会では、毎年5月に花折塚を参拝しています。
他地域の関連する歴史文化資源
 十津川村の花折塚
問い合わせ先
王寺町 地域整備部 地域交流課 文化資源活用係
電話番号
0745-72-6565

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