奈良のむかしばなし

 


     あ く  な み


 秋色に染まり始めた斑鳩の里、その東南の安堵町。稲穂が風にそよぐ緑の田園風景の中に、古い神社やお寺、瓦屋根に白壁が美しい民家が見える。昔懐かしいたたずまい。
 安堵町は、聖徳太子ととりわけゆかりが深い。
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 聖徳太子は、推古天皇の即位とともに皇太子となり、摂政として政治を行った。冠位十二階、十七条憲法を制定、遣隋使の派遣、また、仏教興隆(こうりゅう)に尽力したとされる。
 太子が、自らの学問所として建てたのが斑鳩宮。太子は、その斑鳩宮から当時飛鳥にあった小墾田宮(おはりたのみや)まで、愛馬の黒馬に乗り、従者の調子麿(ちょうしまろ)を連れて通われた。       
ある時、太子が飽波神社の前まで来たとき、突風が吹いた。雨が降り出し、たちまち水が道に溢れた。
 その時、どこからともなく、何万羽という雀が飛来し、太子の前で舞った。太子は大変喜ばれたという。
それから、飽波神社では雀を神の使いとして保護し、このあたりでは、昔から雀を獲って食べないといわれている。
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 斑鳩宮から飛鳥までの道を「太子道(たいしみち)」という。また、飛鳥時代の南北に走る大きな道に対し、太子道は西に二〇度ほど傾くため「筋違道(すじかいみち)」ともよばれる。
 飽波神社には、今も拝殿の奥、本殿の正面には彩色も美しい「竹と雀」の彫刻がある。また、楠や松の大樹が茂る境内には「太子腰掛け石」も。
 拝殿には、宝暦(ほうれき)六年(1756)に奉納された雨乞い祈願の成就を祝う「なもで踊り」の絵馬が、宝庫には、祭具、衣裳などが残る。記録によれば、祭具にも雀の飾りが使われていたとか。
 また、鳥居にかけられた額は、安堵町出身の陶芸家で人間国宝の富本(とみもと)憲吉の揮毫である。
 十月の「なもで踊り」が終わると、安堵の秋はますます深まっていく。

飽波神社
 飽波神社は、太子道沿いにある。
 本殿の「竹と雀」の彫刻と、拝殿に掛けられている「なもで踊り」の絵馬は、拝殿の格子越しに見ることも出来るが、年5回、拝殿が開かれる。

なもで踊り
 平成7年に、飽波神社の氏子さんと商工会が中心となり、約100年ぶりに復活させた踊り。小学校の運動会でも踊られている。毎年10月第4土曜日に行われ、その日は飽波神社の拝殿も開かれる。


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