古代では、男性が女性の本名を聞くことがプロポーズでした。当時、本名は魂にも相当するものと考えられていて、本名を明かすということは結婚OKということ。
紫色は当時、高貴な色とされており、美しい紫色を出すには、椿の灰を混ぜると良いとされていました。相手の女性を「紫」に、自分を「灰」に例え、「あなたは美しい。でも僕と結婚すると、もっと綺麗になるよ」と口説いているのです。
誘うのはいつも男性からだったようです。求婚された女性は、一度断るのが礼儀とされていたようで、この歌の場合も、ふくみをもたせた断り方をしているので、礼儀に従ったという可能性がありますね。
古代の結婚は、現代のように同居が一般的ではなく、男性が女性のもとに通う通い婚でした。当時は一夫多妻制で、男性はたくさんいる妻の中から、その日会いたい妻のもとに通ったと考えられています。
「こんなに好きなのに、あなたに会えないなんて」。なかなか気持ちが通じないことを、何かタブーを犯したせいだろうかと自問し、苦悩しています。
日本酒発祥の地といわれ、お酒のことを「みわ」と呼ぶようになったとか。ゆえに、「神酒」と書いて「みわ」と読みます。
大神神社は、『古事記』にも記される日本最古の神社の一つ。そのご神体が三輪山で、古い信仰の形を今に残しています。この歌は、近江大津宮(現在の滋賀県大津市)へ向かう時にうたったもの。三輪山をうたうことで、奈良を離れる寂しさとつらさを表現しています。三輪山は、古代の人にとってそれほど象徴的な山でした。
神聖な三輪山のヒノキを髪にさすことで、パワーをもらえると考えられていたのでしょう。かざしにすることで、草木の生命力を身に引き寄せることができると考えられていました。
三輪山のパワーを感じると同時に、神社からの景色も絶景なので、土地のパワーももらえるかも。
恋愛の歌ではなく、神を迎えるための歌だったという説もあります。巻12-3125の中に「来る人や誰」とありますが、これは神様なのではないかと。恋人ならば、雨の日に蓑笠も着ずに来ることもないですよね。儀式を行う家の門に誰かの気配を感じる、人ではなくそれは神だったという歌かもしれません。