奈良の妖怪伝
まずオシロイババとは、どんな妖怪ですか?
その名のとおり白粉(おしろい)を塗ったお婆さんの妖怪です。奈良県や石川県に話が伝わっています。安永10年(1781)に刊行された『今昔百鬼拾遺』(鳥山石燕著)には「白粉婆」として画が載っており、大きな笠をかぶった老婆が右手に杖、左手に徳利を持って歩いている様子が描かれています。説明文には「紅おしろいの神を脂粉仙女と云。おしろいばばは此神の侍女なるべし。」とありますね。なぜ、奈良にオシロイババの言い伝えが残っているのかは明らかではありませんが、『今昔百鬼拾遺』に描かれたものに尾ひれがついて、今日まで伝わっているのかもしれません。
石川県のオシロイババは雪女の一種であるとして語られることが多いのですが、奈良県のオシロイババは雪女との関係は薄いと思われます。また、我々に何か悪さをすることもないようですよ。
- 桜井市
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奈良では今のところ桜井市などで確認できている、とのことですが…。
そうですね。たとえば桜井市には、こんな話が伝わっています。
天文6年(1537年)、長谷寺で、画僧を集めて本堂に観音菩薩を描くことになりました。そこに僧侶達の世話をする女性がいて、米を研いだりしていました。僧侶達が怠けていても女性は懸命に世話をし続けたため、ある日、苦労がたたり、白粉を塗った女性の顔は老婆のようにしわだらけになってしまいました。その姿を見て、僧侶達はありがたさで胸がいっぱいになり、手を合わせて拝んだといいます。以後、僧侶達は改心し、真剣に画を描くようになったというお話です。 (『ふるさと伝説の旅9』谷川健一編 参照)。
- 十津川村
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また、十津川に伝わる書物には、以下のような記録があります。
「オシロイバアサン。妖怪の一種。奈良県吉野郡十津川の流域では、この妖怪は鏡をじゃらじゃらひきずって来るという。」 (「綜合日本民族語彙」民俗学研究所編)
短い記述が逆に目を引きます。鏡をひきずることにどのような意味があるのか?そのイメージは何に由来するものなのか?といったことには一切触れておらず、謎だらけです。このようにオシロイババは、何ともミステリアスな妖怪なのです。
以前は、長谷寺に隣接する白河(しらが)という地域で「一箱べったり」という行事が行われていました。
毎年1月5日の深夜に、白河から一箱いっぱいの白粉を本長谷寺に持ち寄り、姥像に白粉をべったりと塗る行事です。
行事は昭和30年頃まで行われていたらしく、今でも当時の様子を覚えている方がいらっしゃいます。
この行事に使用されていた姥像がオシロイババに派生したのでしょうか? 「長谷寺」「白粉」「老婆」と状況証拠は揃っています。
しかし残念ながら、長谷寺の像がオシロイババであるとはいい切れないそうです。
ともあれ、像は今でも長谷寺の境内(本長谷寺)に祀られていますので、興味のある方はぜひご覧になってください。