髙島野十郎展を終えて(2021年6月15日)

 特別展「生誕130年記念 髙島野十郎展」が5月30日に閉幕となりました。会期の大部分が臨時休館となり、その中でも3日間の特別鑑賞の期間を設け、非常に限定的な形でご覧頂くこととなりました。重ね重ね残念なことではありますが、美術館で鑑賞したいというお声を沢山いただけたことは、この様な厳しい状況の中でも美術品の持つパワーと、それを楽しみにしていただく方々の存在を感じる機会となりました。展覧会は次会場の瀬戸内市立美術館に巡回しております。既に陳列作業も完了しているとのご報告もいただきましたが、瀬戸内市美さんも臨時休館中となり、ご覧になって頂けるのは少し先になってしまいました。
 
 という訳で撤収を終えた当館ですが、今回のコラムでは展覧会と展覧会の間、撤収から次の展示陳列までの展示替え期間のお話を。展示替えの期間は「休館」ですので、学芸員も少し落ち着いて…という訳にはいきません。むしろ、この期間が展覧会のための準備の追い込み期間になります。この期間に全ての準備が整っていないと、展覧会の開幕を迎えることができません。
 展示、特に作品を陳列する段階に入ってしまいますと、実際の作品の取り扱い作業に集中することになりますから、それ以外の部分、例えば解説、展示造作、看板といった会場のしつらえや、図録、関連イベントの仕込みといった会期中に必要になることに手を掛ける時間はありません。これは美術館をレストラン、学芸員を料理人に例えたとして、開店した後に食材の仕入れに行ったり、テーブルやカトラリーを用意したり、メニューを考えることが出来ない様なものです。この例えでは、陳列作業は調理にあたるでしょうか。調理中は人々が慌ただしく動きますし、会場の変化も大きいので作業としては目立ちますが、食材(作品)や調理器具(展示台)、メニュー(展示構成)などの下準備、仕込みが十分に出来ていなければ、どんなに腕のよい料理人でも美味しい料理を完成させることは難しいでしょう。裏を返せば展示までの準備の充実が、展覧会の出来映えに直結しているのです。

 今回の髙島展は巡回展でしたので、閉幕後の撤収では展示していた全ての作品のコンディションを確認し、梱包、次回会場で展示するものとしないものに振り分けて、瀬戸内市まで輸送しました。会場の関係で一部の作品は奈良会場でお別れとなり、ご所蔵者の元へと返納されていきます。
 一方、会場は髙島展の仕様になっていた展示造作や作品固定の金具、照明や展示台、展示ケースなどを全て撤去、展覧会用のお化粧を落として一度すっぴんに戻します。これは資材管理の意味と同時に、次の展示までの間に清掃や照明、空調などの会場のメンテナンスを行うためでもあります。またレストランに例えますが、やはり開店後にホコリを立てるわけにはいきません。
 私にはこの期間の大事な役目がひとつありまして、それは照明機器の点検です。会期中ずっと稼働していた照明には、それだけの疲労がありますから、ひとつずつ、光の強さ、色、光軸、レンズ、アームの動き、接点金具、取り付け部などを確認していきます。最近はLED照明も増えて照明機材がそこまで高温になることはありませんが、それでも発光するための回路や発光部はそれなりに熱くなります。ハロゲンなどのいわゆる電球はもっと顕著で、迂闊に触ってしまうとやけどどころか手の皮が貼り付くような(油を引かないフライパンで焦げ付いてしまうような感じです)温度でしたので、それだけ機器にも負担がかかります。これも陳列期間になっていざ照明を作品にあててから…アレ…?という訳にはいきませんので、次の展示までに準備しておかなければいけません。

 私自身は未熟の身、毎度この準備期間は大わらわで、とても人前には出せないような仕事振りです。そんな有様は折角の展覧会にお越し頂いた方々にわざわざ見せてしまうのは展覧会の本意ではありませんので、会期中はつとめて平静を装っております。この展示が大変でー、などと、作品をお楽しみいただくのには邪魔ですから。とはいえ、コラムですのでちょっと裏話としてお話させていただきました。
 そんな具合に、目下当館では次回展、特別展「ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡」の準備が進んでおります。会期は6月26日土曜日からを予定しております。どうぞお楽しみに。

深谷 聡 (展覧会担当学芸員)