学芸員の部屋

ここでは当館学芸員のコラムを随時掲載していきます。


「シュルレアリスムと日本」展のことなど

安田篤生 (副館長・学芸課長)

2023年12月17日


 当館は現在、開館50周年記念展のしめくくりとなる「漂泊の画家 不染鉄 ~理想郷を求めて」(1月13日~3月10日)の開幕まで休館しているわけですが、その間も随時、他館の展覧会へのコレクション出品協力を行っています。つい先日まで大阪中之島美術館で行われていた特別展「長沢芦雪ー奇想の旅、天才絵師の全貌」にも1点協力したのはご覧いただけたでしょうか。そして、ちょうど昨日(12月16日)から京都文化博物館で始まった「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」展にも1点お貸出ししているので、少し紹介しておきましょう。

 20世紀に入ってヨーロッパ各地では次々と前衛的・革新的な美術の動向が台頭し、時には建築やデザインといった他分野ともクロスオーバーしながら、美術表現は一気に変化していきます。その中で、ちょうど東京・上野の国立西洋美術館で開催中(1月28日まで)の「パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展―美の革命」展は、ピカソやブラックが始めた《キュビスム》に焦点をあてたもので、すでにご覧になった方も多いでしょう。

 こうしたヨーロッパの前衛美術は意外と間隔をあけずに相次いで日本へも紹介されました。海外旅行といえば船、通信は固定電話と電報、放送はラジオが最新技術であった20世紀前半の状況を考えると、欧米の美術動向はずいぶんと速く日本へ入ってきたように思われます。奈良に関連するところで一つ紹介すると、1909年にイタリアで始まった《未来派》も大正期に日本へもたらされました。日本において未来派的造形表現を模索した画家の代表例が奈良市出身の普門暁(ふもん・ぎょう 1896- 1972)で、当館では代表作《鹿、青春、光り、交叉》(1920)を所蔵しています。もう少し調査が進めばやがて不染鉄のように展覧会を実施する機会も来ることでしょう。

 京都文化博物館の「『シュルレアリスム宣言』100年 シュルレアリスムと日本」展に話を戻します。フランスの詩人アンドレ・ブルトン(1896-1966)が1924年に発表した「シュルレアリスム宣言」から始動したシュルレアリスム運動は、分野としては文学・美術さらには映画・写真にもわたり、地域的にはヨーロッパのみならずアメリカ大陸にも波及した広範囲な芸術運動で、後世にも大きな影響を与えました。今の日本でも日常で「シュール」という表現を使うことはよくあると思いますが、これは「シュルレアリスム」に由来するものです。

 戦前期には《超現実主義》と漢字で表現されることが多かったシュルレアリスムは、日本では1920年代後半に詩の分野から始まったとされており、フランスでの勃興から時を置かずに移植されたといえます。シュルレアリスムに関わった著名な詩人としては西脇順三郎や北園克衛がいますが、美術の側から見ると、詩人であると同時に美術評論家として健筆をふるい、日本におけるシュルレアリスムの理論的支柱となった瀧口修造(1903-79)の存在を見落とせません。

 「シュルレアリスムと日本」展は、日本におけるシュルレアリスムの発端から1930年代の隆盛、そして戦時中の抑圧(瀧口修造や福沢一郎は治安維持法違反容疑で逮捕拘禁されました)から戦後前衛美術に見られる遺伝子などを、絵画を中心に(一部写真によるシュルレアリスムも織り交ぜながら)紹介する見ごたえのある展覧会となっています。京都文化博物館に板橋区立美術館と三重県立美術館も協働した企画で、東京首都圏だけだはなく関西や東海などの地方におけるシュルレアリスム運動も丹念に掘り起こした内容です。靉光、北脇昇、小牧源太郎、三岸好太郎といった著名な画家も多数含まれている一方、今日ではあまり語られることのない《忘れられた》作家も多く取り上げられています。当館から出品協力した《らんぷの中の家族》(1933)を描いた六條篤も後者に属します。奈良県出身の六條篤(1907-45)は談山神社の神主も務めたことがあるかたわら独立美術協会展に出品していました。かつて司馬遼太郎が「街道をゆく」の奈良散歩編で六條篤に言及したことがあり、その縁で今年、NHKの「新 街道をゆく」で撮影取材されたこともあります。「シュルレアリスムと日本」展は始まったばかりですので、ぜひ会場で六條篤の実作をご覧いただければと思います。また、この展覧会には(当館のコレクションこそ出ていませんが)福沢一郎、桂ゆき、杉全直、小山田二郎といった当館で作品を収蔵している作家も何名か含まれていますので、その点でも見どころがあるかと思います。

 さて、付け足しになりますが「シュルレアリスムと日本」展と同じに京都で始まった展覧会をもう一つ紹介しておきましょう。

 芸術系大学としては長い歴史を持つ京都市立芸術大学が、郊外から京都駅のすぐ近くにキャンパスを移転したことはご存じでしょうか。大都市の中心駅と大学といえば、北海道大学も札幌駅のすぐそばに広大なキャンパスを構えていますが、規模の大小は別としてそのくらいの駅そばです。それにあわせて堀川御池にあった同大のギャラリー@KCUA」(アクア)も新キャンパス内に移転してきました。その移転記念の最初の展覧会として始まったのが、京都で活躍する美術家久門剛史の個展Dear Future Person,です。以前のギャラリーよりもたっぷりとしたスペースで、光や音といった形のないものと形のある立体物を組み合わせた大掛かりなインスタレーションは、鑑賞者の感覚をリフレッシュしながら内省を促す独特の喚起力を持っていて興味深い仕上がりです。

 実を言いますと、久門剛史氏と私は数年前、展覧会の企画側と出品作家という立場で一緒に仕事をする機会がありかけたのです。「ありかけた」というのは、その企画展の準備途中で私が急遽奈良へ転職することが決まったため、結局自分の手で実現しなかったからです。そんな縁もあって大変興味深く見た展示だった次第です。

   



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