籔内佐斗司館長の部屋

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第59回 アイコン(icon)其の一


 今回は、町なかで見かける店舗のアイコンに関する蘊蓄を集めました。

 アイコンとは「偶像」「記号」「崇拝の対象となるもの」を意味するラテン語の「icon イコン」の英語読み。西洋美術史でイコンといえば、カトリック修道院の僧侶たちが描いた聖書に基づく物語絵です。

 カトリック教会(正教会)における神や天使、聖人を描いた聖画像・iconは、教会内に掲げて文字が読めないひとたちに聖書の物語や聖人の事跡の説明に用いられました。そしてイコンを研究する iconology(宗教図像解釈学)は、聖書の研究に欠かせないものになっています。その後、絵が上手な修道士の一部が協会を離れて職業的画家となり、ルネサンス期に宗教以外の歴史的主題や世俗の風物も表現するようになっていきました。正教会の聖体画は、いまでもカトリック教会で、修道士たちが描き続けています。また欧州の王家などは、百合やアイリス、薔薇などの花をアイコンにしている場合が多くあり、ナポレオンはミツバチをアイコンにしていました。天皇家のアイコンは、もちろん菊です。

 現代のアイコンは、企業イメージが一目で分かる特徴的な図案や、物事を簡単な絵柄で記号化して意味を表現したものをいいます。非常口やトイレなどの公共の案内絵文字pictogramもアイコンの一種です。アイコンと混同されるlogoは図案化した文字のことで、企業名の文字表記のみを図案化したものをlogotype(logo/ことば、type/活字)やlogomarkといいます。
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【Seirênes】
スターバックスカフェの緑色のアイコンはよく見かけます。開業当初の1971年の図案を見ると、上半身は冠を被った乳房も露わな女性ですが、臍から下は二股に分かれた魚のしっぽになっていて、その不気味さはちょっと驚きです。この人魚は、ギリシャ神話に出てくる「Seirênes・セイレーン」がモチーフです。美しい歌声で船を難所におびき寄せ沈没させる海の恐ろしい妖怪です。緊急車両に搭載されている注意喚起の警笛装置をサイレンといいますが、まさにこのセイレーンが語源です。スターバックスは「人びとを魅了して虜にする」という意味でこのアイコンに使っているようですが、まさに思うつぼです。
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1971年のスターバックスのアイコン

【Lady Godiva】
 高級チョコレートで知られるゴディバのアイコンは、馬に乗った女性です。しかも彼女は裸です。11世紀イングランドの女性ゴダイヴァ(Lady Godiva)は、コベントリーの領主・レオフリック伯爵の夫人でした。伯爵は、この小さな町を豊かで文化的な都市へ発展させようと、まず初めに大修道院を建設しました。これに味をしめた伯爵は、取り立てる税金を増やして、次々と公共の建物を建てたために領民は大いに苦しみます。その圧政にこころを傷めた心優しいレディ・ゴダイヴァは、伯爵に税を引き下げるよう懇願しました。そこで伯爵は彼女にいいました。「もしおまえが裸で馬に乗り、コベントリーの町中を廻るなら、建設を取り止めよう。」翌朝、彼女は一糸まとわぬ姿で町を廻りました。領民たちはそんな彼女の姿を見ないように、窓を閉ざし敬意を表しました。そして伯爵は約束どおり税は引き下げました。このとき、トムという下司な男がレデイゴダイヴァの裸の姿を窓からこっそりのぞき見したという逸話にちなんで、のぞき見男を「Peeping Tom(出歯亀)」と呼ぶようになったそうです。もっとも歴史学者によれば、この逸話はいずれも後世の捏造だとのこと。チョコレートメーカー「ゴディバ」のブランド名およびそのアイコンは、気高く勇気のあるゴダイヴァ夫人の伝説に由来するのです。
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ゴディバのアイコン、「Lady Godiva」(作・John Collier)

【Nike】
 スポーツ用品のNIKEの有名なアイコンは、ギリシア神話の女神ニケに生えていた翼に基づきます。最も有名なニケ像はルーブル美術館の「サモトラケのニケ」。またベルリンのブランデンブルク門上の四頭立ての馬車を駆るローマ神話の勝利の女神ウィクトーリアもギリシア神話のニケに相当します。ナイキは英語読みの発音で、このマークは英語の風切り音であるSwoosh(スウッシュ)と呼ばれています。ナイキ社の前身ブルーリボンシューズ社は1971年にロゴマークをポートランド州立大学でグラフィックデザインを専攻していたキャロライン・デビッドソンに依頼しました。アルバイト気分で請け負った彼女がデザイン料として受領したのは、たったの35ドルでした。その後同社は急成長し、1978年に社名をNIKEとあらためます。そしてキャロラインは4年後に退職する際、100万ドル相当のナイキ社の株券と金の指輪をプレゼントされたそうです。まさにアメリカンドリーム。
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NIKEのロゴマーク、サモトラケのニケ、ブランデンブルク門の勝利の女神

 見慣れたアイコンやロゴマークにも、なかなか奥の深い物語があるものです。みなさんも、ぜひ調べてみてください。

  

2023年1月29

館長 籔内佐斗司



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