『エドワード・ゴーリーを巡る旅』展によせて
「大人の絵本」
誰にでも、記憶に残るたいせつな絵本があるものです。そして親から孫まで3代以上に亘って読み継がれている名作も数多くあります。
『ピーター・ラビットのおはなし』(ビアトリックス・ポッター)は、絵本だけでなく数多くのグッズ類が親しまれ、絶大な人気があります。また早くからテレビによる映像化で大ヒットした『機関車トーマス』(ウィルバートン・オードリー原作)は、私が幼い頃、『機関車やえもん』(文・阿川弘之、画・岡部冬彦)という日本版の焼き直しの絵本でも親しんだものです。
『はらぺこあおむし』(エリック・カール)は、私が娘に与えた本を今、孫が読んでいます。北欧の不思議な動物の『ムーミン』(トーベ・ヤンソン)、シニカルでナルシストの犬・スヌーピーで知られる『ピーナッツ』(チャールズ・シュルツ)、そしてディズニーアニメで不動の人気を誇る『くまのプーさん』(A.A.ミルン)などなど。
日本で生まれた『旅の絵本シリーズ』や『ABCの本』などで知られる安野光雅や宮崎駿アニメの『トトロ』は、海外でも大人気だそうです。子ども時代に親しんだ絵本は、一生の宝ものになります。
今回、奈良県立美術館で取り上げる絵本作家・エドワード・ゴーリー(Edward Gorey, 1925-2000年)の世界は、大人の絵本としてたいへん人気があります。薄暗いモノクロームの画面に生きる不気味な子どもや生きものたちを、道徳や倫理観を排除したある意味残酷で不条理に溢れた世界観で描いています。そして韻を踏んだ知的な言語表現による暗喩、そしてごく細い線で丹念に描かれたモノクロームの芸術性の高いイラストは、多くの大人のこころを捉え、世界各国に熱烈なファンを持っています。
展覧会では、イラストレーションだけでなく、彼が手がけた演劇やバレーの舞台美術や衣裳、ポスターなども紹介しています。
彼の本『狂瀾怒濤:あるいは、ブラックドール騒動』(1986)に登場する嘴の長い烏のようなキャラクターは、17世紀頃にペスト患者を診た「ペスト医師」の不気味な姿を連想させます。終末論的な予言の書で知られるミシェル・ノストラダムスは、本来は医師であり、この「ペスト医師」としても働いていたといわれています。ゴーリーは、ペスト医師に似た鳥を使ってハルマゲドン的世界観を表したかったのかもしれません。
本展では、あたかも彼の終の棲家となった米国東海岸の古い邸宅「ゴーリーハウス」への旅を擬似体験できる仕掛けになっています。
また、奈良県立美術館オリジナルで、関連展示「エドワード・ゴーリーと日本文化-20 世紀アメリカの眼-」を同時開催します。
この不気味で不思議なゴーリーの絵本展は、知的な大人のための展覧会です。ぜひご高覧下さい。
『エドワード・ゴーリーを巡る旅』展
会期:2024.9.14.〜11.10
会場:奈良県立美術館
『狂瀾怒濤:あるいは、ブラックドール騒動』1986年 挿絵・原画 ペン、インク、紙
©2022The Edward Gorey Charitable Trust
パウル・フュルスト『ローマのペスト医師』1656年
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%83%88%E5%8C%BB%E5%B8%ABより引用
(原典)Internet Archive’s copy of Eugen Holländer,
Die Karikatur und Satire in der Medizin: Medico-Kunsthistorische Studie von Professor Dr. Eugen Holländer, 2nd edn (Stuttgart:Ferdinand Enke, 1921), fig. 79 (p. 171).
2024年9月10日 奈良県立美術館館長 籔内佐斗司
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