話題の美術展から─奈良出身のアーティスト(2023年3月18日)

 一年近く前の投稿になりますが、このコラムの第44回「ヴェネチア・ビエンナーレ、そして現代美術と奈良」(2022年5月4日)で、ちょうど昨年がヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2年に一度実施)の開催年だったこともあり、それに関連して奈良県出身のユニークな現代美術作家を二人ご紹介しました。その作家の展覧会が現在、東京の二つの美術館で開催されていますので、少し紹介してみたいと思います。

 国別参加方式をとるヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展では、主要な参加国が自前のパビリオン=展示館を会場に建てています。吉阪隆正(1947-80)が設計した日本館は1956年に完成したものですが、その建設資金はブリヂストンタイヤ(現・ブリヂストン)の創業者である故・石橋正二郎が寄附したものです。石橋正二郎(1989-1976)は実業家であると同時に、美術のコレクターでもあればサポーターでもありました。ヴェネチア・ビエンナーレ日本館に先立って、自らのコレクションを展示することを主体としたブリヂストン美術館を1952年に東京・京橋のブリヂストン本社ビル内に設立しています。同館はビルの建て替えに伴い、名前もアーティゾン美術館と改めて2020年に再出発したことはご存じかと思います。

 上記の縁もあってか、アーティゾン美術館になってからは、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館展示を報告する『帰国展』を同館で開催するようになりました。現在開催中なのがその『帰国展』の第二弾、昨年のヴェネチア・ビエンナーレで発表されたダムタイプの作品を紹介する『ダムタイプ|2022: remap』です(5月14日まで)。

 ダムタイプ(Dumb Type)は1984年に京都市立芸術大学の学生を中心に結成されたマルチメディア・パフォーマンス・アーティスト集団で、様々な分野のアーティストが共同制作の可能性を追究し、美術・演劇・ダンスといった既成の芸術範疇に収まらず、それらを横断するような時空体験を創り出してきました。メンバーは固定制でなくプロジェクトによって流動することも特徴で、当初の中心メンバーであった古橋悌二が1995年に病没した後も精力的に活動を続けています。昨年のヴェネチア・ビエンナーレでは、坂本龍一が初めてダムタイプの一員として参加したことも話題になりました。そして、現在中心メンバーになっているのが奈良県出身の高谷史郎(1963- )です。昨年のコラムでも触れましたが、「なら歴史芸術文化村」ウェブサイトの「奈良ゆかりのアーティスト」セクションに高谷史郎氏のインタビューが掲載されていますので、ご一読ください。

 ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の展示をアレンジした『2022: remap』は、ダムタイプらしい光と音と動きの交錯する環境的なマルチメディアインスタレーションです。今日の世界的なインフラともいえるインターネット空間をベースに、最新技術とアナログなターンテーブルが同時に存在する中でリアルとバーチャルがからみあい、しばらくその中に浸っていたくなる《場》を創り出しています。

 もう一つ紹介しておきたいのは、新宿の東京オペラシティアートギャラリーで開催中(3月26日まで)の『Sit, Down. Sit Down Please, Sphinx.』で、この展覧会のアーティスト泉太郎(1976- )も奈良県出身です。2017年にパレ・ド・トーキョー(パリ)、2020年にはティンゲリー美術館(スイス・バーゼル)で大規模な個展を開くなど国際的に活躍しています。主に映像を使ったインスタレーションを制作する作家ですが、一般から参加者を募って制作したものもあれば、展覧会場に来た鑑賞者の参加も促すような、一筋縄ではいかない仕掛けのある作品もあります。今回の個展では「お客様には、参加型作品の一環として、"マント"(当館用意)の着用をお願いしています。(着用は任意です)動きやすい服装でお出かけください」という注意書きもあり、一般的な美術展鑑賞を越えた体験を誘いかけるユニークなものとなっています。展覧会のイメージ写真として飛鳥の石舞台の写真が使われているあたり、奈良らしいと言えば言えるのですが、シンプルにご当地ものというわけでもありません。むしろ鑑賞体験を通してこちら側の思考実験を誘発するような、仕掛けに富んだ展示だと感じるべきでしょうか。

 ちなみに泉太郎氏と私は、私が原美術館(品川)在職中、『ウィンター・ガーデン:日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開』(2009)と『メルセデス・ベンツ アート・スコープ 2015-17 漂白する想像力』(2017)という二つのグループ展で一緒に仕事をしたことがあり、どちらの作品もやはり一筋縄ではいかない面白い作品でした。

 なお、泉太郎の作品は、愛知県の豊田市美術館で開催中(5月21日まで)のグループ展『ねこのほそ道』にも出品されていますので、あわせて紹介しておきます。展覧会のタイトルからして、興味をそそられますね。

安田篤生 (副館長・学芸課長)