「吉野林業の世界」展について

2025年9月26日

奈良県立民俗博物館 学芸員 高橋史弥

※今回の学芸員の部屋は現在開催中の安藤榮作展関連展示「吉野林業の世界」展を企画した奈良県立民俗博物館の高橋学芸員が執筆しました。

 

「吉野林業の世界」展について

 

 

 奈良県立民俗博物館では、1,908点の国指定重要有形民俗文化財「吉野林業用具と林産加工用具」のコレクションを保存しています。これらのコレクション資料は、一部を常設展で展示していましたが、ほとんどは収蔵庫の中に眠ったままの状況でした。この度、奈良県立美術館で安藤榮作氏の作品の展覧会が開催されるにあたり、この展覧会で吉野のヒノキをはじめ奈良の様々な樹木の原木や廃材を使った作品が出品されることと関連して、あまり表に出してこなかった吉野林業コレクション資料を、「吉野林業の世界」展として、多くの方にご覧いただくことのできる機会をいただきました。

 吉野林業のコレクション資料のようなものは民俗資料と呼ばれます。民俗資料は簡単に言うと、先人達が受け継いできた生活の知恵の詰まったものを指します。吉野林業を生業とすること、そして加工用具を作る上で、どのような生活が繰り広げられていたのか、その一端をのぞいていただければと思います。

 展示の際に意識したのは、第一に、どのような形の道具があるのか、という点です。例えばノコギリを取ってみても、木材を切る向きによって、工夫のある点が分かります。木の繊維に対して平行に切る際には、ノコギリの刃は均等につきます。ノコギリを挽く際に、刃が木材に打ち付けられるようになります。細かく打ち付けられて、木が削られているのです。これを縦挽きと言っています。一方、繊維に逆らって切る際には、刃を鋭くして、繊維を断ちきる構造が見られます。これを横挽きと言っています。木の性質と向き合ってきた中で、考え出された構造です。これはノコギリだけに限らず、今回展示した、どのような道具にも言えることです。一体どのような意図を持って、道具の形を考えてきたのかを想像してみるのも、面白い部分です。

 第二に、林業を生業としてきた人たちの、森林と向き合う感覚です。オノには、必ずと言って良いほど、三本線と四本線が刻まれています。この線は山の神様に対するお供え物を表していて、山の恵みに感謝し、安全を神に願う神聖な気持ちを読み解くことができます。

 そして、注目してほしいのが、昔と今と、違う部分と、変わらない部分があるということです。仕事場までは、かつては杖を突き、往復していましたが、今は重機などを乗り入れて往復することがほとんどです。人間の営みは、どのようにすれば、最小の力で、最大の効率を得ることができるかを、考え、実践してきたことにあります。この変遷史は、人間が存在する限り続いていくでしょう。一方で、頑なに残さないといけないと考えたものもあります。先ほどのオノに刻まれた線は、ホームセンターで売られるオノにも刻まれています。現代人には意味は忘れられてしまいながらも、山林の恵みに感謝しつつも畏れたことを忘れてはならない部分として、生活の中に留まり伝承された部分です。

 このようなことが読み取れる資料を、林業の作業にあたる部分から、林業によって得られた木材から道具を作っていく部分までの、あわせて65点を展示することができました。この展覧会が、人間が生活を発展させるためにどのような知恵を絞ってきたのか。その中で、何が変遷していったのか、伝承されていったのかを考える一助となれば幸甚の至りです。

 本展覧会を開催するにあたり、奈良県立美術館の皆様には職務ご多忙の中、多大なご厚意をいただきました。深甚の謝意を表させていただきます。

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