出会う 奈良県歴史文化資源データベース

島の山古墳 しまのやまこふん

記入年月日 2019/05/07

島の山古墳空中写真(真上から)
島の山古墳空中写真(北から)
島の山古墳空中写真(西から)
所在地
奈良県磯城郡川西町唐院443-1ほか
区分
遺跡 | 古墳
指定内容
国指定史跡、国指定重要文化財

※各歴史文化資源へのご訪問の際は公開日・公開時間・料金等を別途ご確認ください。

歴史文化資源の概要
全長200m、盾形周濠(南北265m、東西175m)をもつ大型前方後円墳で、築造時期は4世紀末~5世紀初で、この時期の古墳としては最大規模です。この古墳に関する記述は古く、江戸時代中期~後半期の学者である木内石亭(1724~1808年)が著した『雲根志』に「神代石」という名で、今で言う鍬形石が記されているのが最初です。後円部は盗掘がなされており、その際に散逸したと思われる遺物は、一部アメリカの博物館にも展示されています。
平成8年(1996年度)に奈良県立橿原考古学研究所により行われた前方部にある埋葬施設(粘土槨)の全面調査で出土した遺物には、棺外遺物として133点の石製腕飾類、棺内遺物として鏡、石製合子、首飾り、腕輪等があります。これらの出土品は現在、重要文化財に指定され、奈良県立橿原考古学研究所附属博物館に展示されています。
また、平成17年度(2005年度)に行われた島の山古墳第10次調査において、植物製の籠が出土しました。
地域にとって大切な歴史文化資源である、その理由
奈良県内で20位以内に入る規模の古墳で、築造時期とされる4世紀末~5世紀初の古墳としてはトップクラスの規模を誇る古墳です。町のシンボルとして町民に親しまれています。
当資源と関連する歴史上の人物とその概要
木内石亭(1724~1808年)江戸時代の奇石収集家、本草学者。『雲根志』を著し、「神代石」という名で、今で言う鍬形石を挿絵入りで紹介しました。
当資源と関連する文献史料
『雲根志』木内石亭著。「神代石」という名で、今で言う鍬形石が挿絵入りで記されています。
当資源と関連する伝承
蘇我入鹿の墓という伝承があります。
他地域の関連する歴史文化資源
巣山古墳
広陵町に所在する同古墳は規模形状等共通する要素が多くあります。
問い合わせ先
川西町教育委員会社会教育課
電話番号
0745-44-2214

掲載されております歴史文化資源の情報は、その歴史文化資源が地域にとって大切であると考えておられる市町村、所有者、地域の方々により作成いただいたものです。
見解・学説等の相違については、ご了承ください。