奈良には地域を支える守備範囲の広い総合診療医がいる。

奈良県で働く総合診療医による座談会
(第三回)

~ 多職種連携や
医師の働き方から見た
奈良の総合診療医とは ~

  • 武田 以知郎 先生
    明日香村国民健康保険診療所(以下、「明日香村診療所」)で所長をしております。家庭医・総合医として、奈良県の地域医療に従事しています。
  • 垣脇 文香 先生
    2018年4月から奈良県立医科大学附属病院の総合診療科で専攻医研修を始めました。2019年12月現在、専攻医2年目です。
  • 松尾 亮平 先生
    2019年4月から市立奈良病院の総合診療科で専攻医研修を始めました。2019年12月現在、専攻医1年目です。

2019年12月18日開催

総合診療医育成の環境が整っていると聞いたのが奈良県を選んだ理由

松尾先生 松尾先生

松尾先生と垣脇先生は「総合診療医」を目指して専攻医研修をされていますが、どのようなきっかけで総合診療を専門に選ばれたのですか?まずは松尾先生、教えてください。

総合診療医に興味を持ったのは弘前大学附属病院で初期研修をしていた時です。私は青森県出身で、大学は愛媛大学に進みました。卒業後、生まれ故郷に戻り、弘前大学附属病院で初期研修を行っていましたが、その一環として下北郡にある東通村診療所で研修しました。そこで自治医科大学出身の先生たちが、総合診療医としてさまざまな主訴を抱える患者さんに対応されている姿を見て、自分もこんな医師になりたいと思ったのがきっかけです。

先生の地元・青森県は地域医療のメッカでもありますが、出身地でなく、後期臨床研修の場として奈良県を選んだのはなぜですか?

東通村診療所で研修していた時に、市立奈良病院の先生が来られていて、奈良県は総合診療医育成の環境が整っていると聞いたからです。私自身、その時点でまだ進路を決めておらず、良い環境であれば全国どこにでも行ってみたいと思っていましたので、さっそく市立奈良病院に見学に行きました。非常に設備が整っており、科の雰囲気も良かったことから奈良県で研修することにしたのです。そして2019年4月から市立奈良病院の総合診療科で専攻医研修を始めました。

垣脇先生は地元・奈良県のご出身だそうですが、医師を目指すようになったのはいつ頃ですか?

医者になりたいと思ったのは高校生の時です。直接のきっかけは自分自身が怪我をして整形外科でお世話になったことでした。当時からイメージしていたのは地域の診療所の医師です。家族も含めてまわりにいろいろな疾患を抱えた人が多かったので、専門治療ができなくても幅広い疾患に対応してアドバイスができる医師になりたいという想いがありました。

当初から総合診療に興味があったのですね。

そうですね。その後、大学在学中や初期研修中、そして専門を決めようとなった時、自分が一番やりたいのはやはり総合診療だと思いました。奈良県立医科大学附属病院を選んだのは、総合診療科の西尾健治教授の診察に対する想いや、地域に根ざしてその人の全体を診るという患者さんに対する姿勢に共感したからです。そして2018年4月から専攻医研修を始めました。

垣脇先生 垣脇先生

奈良県の専攻医育成プログラムの特徴は種類や内容が豊富なこと

新専門医制度がスタートして間もなく2年が経とうとしていますが、同期の医師や後輩の方々は総合診療専門医に対してどのような印象を持たれていると感じますか?

いろいろな疾患を診ないといけないので大変そうというイメージを持っている人が多いですね。私はもともと地域密着の医師を目指しており、救急や小児科診療などの研修もできる点に魅力を感じていましたので、特に迷いなく総合診療を選びました。しかし進路に迷っている方の場合、サブスペシャルティを含めた総合診療医としての将来のキャリアプランが見えにくいため、総合診療より内科を選ぶ人が多いのは現時点では仕方ないことかもしれませんね。

武田先生は指導医の立場として、新専門医制度がスタートして専門医育成について何か変わったと感じていらっしゃることはありますか?

もともと奈良県には家庭医療のプログラムがあり、それが総合診療に切り替わっただけで中味はそんなに変わっていません。そのため、新専門医制度がスタートしたことで大きく変わったイメージはないですね。私が所長を務めている明日香村診療所では、研修に来られた先生に小児診療も積極的に携わっていただき、感冒だけでなくお子さんの外傷も診てもらうようにしています。また、ある程度慣れてきたら私の代わりに訪問診療にも行っていただいています。ターミナルで看取りをする場合も、私たちがアドバイザーになって応援しています。これらは全部、新専門医制度がスタートする前からやっていたことです。

武田先生 武田先生

武田先生は奈良県の専攻医育成プログラムの特徴はどのようなことだと考えておられますか?

プログラムの種類や内容が豊富なことです。救急や病院総合医になりたい方向けのプログラムもありますし、地域の診療所のプログラムもあります。また奈良県は多職種連携が進んでいるので、普通の診療所向けの研修では味わえない地域医療の醍醐味を経験できるのも特徴の一つです。私の診療所でも例えば研修中に精神科の症例が少なければ、精神科の訪問看護を行っている施設にお願いして一緒に行かせていただいたり、リハビリの症例が少なければ訪問リハビリに同行させていただいたりしています。

奈良県ではなぜ多職種連携が進んでいるのですか?

総合診療医と看護師、ケアマネージャー、リハビリテーション専門職、薬剤師など多職種の人が集まって一緒にディスカッションする「万葉衆」という勉強会を定期的に行うなど、以前から顔を合わせて交流する機会が多くありました。昔からつながっていた人達が各職種の中でも責任者の立場になっていかれて、より強固な関係が築けているのだと思います。

奈良県で必要とされるのは守備範囲が広い医師

これから総合診療医を目指す研修医や医学生にとって、最も必要とする情報の一つが3年・5年・10年後の総合医のロールモデルです。先生たちが研修する中で自分のロールモデルとなる医師がおられましたら教えてください。

総合診療科が科として認められてからまだ日が浅いこともあり、同じ専攻医や医師歴が近しい先生では総合診療医としてのロールモデルとなる方はまだいませんね。今はまわりの先生たちと一緒に理想の医師像を模索している状況です。ただ先ほど今の病院を選んだ理由のところでお話しした、奈良県立医科大学の西尾教授は目標であり、そういう面ではかなり先のロールモデルになるかもしれません。

松尾先生はロールモデルとなる先生はいらっしゃいますか?

こんな医師になりたいなという先生は何人かいます。皆さん10年目ぐらいの方で、全員に共通しているのは総合診療をやりながらも、救急など自分の得意分野を持っておられることです。今後経験を積んで、総合診療に加えて何かこれだけは負けないという分野を持った総合診療医を目指したいですね。

武田先生はこれからの奈良県で必要とされるのはどんな医師だと考えられますか?

守備範囲が広い医師ですね。奈良県には大病院が乱立しているわけではなく、内科の医師数が3~8名の中規模病院がたくさんあります。そんな状況の中で専門分化していて「私は消化器内科だから心臓は診ない」と言われても困ります。奈良県自体、断らない病院、面倒見のいい病院をキャッチフレーズとして掲げているわけですから、幅広い診療ができる総合診療医が増えて欲しいですね。

その上で総合診療医にはどのような役割が求められると思われますか?

チームの一員として地域の中で求められているいろいろな役割を果たしていくことです。私はへき地の病院で働いていた時に、小児科の診療をしながら、時には帝王切開手術を手伝ったり、CPAで救急搬送された患者さんの蘇生処置を手伝ったりしていました。総合診療医はカメレオンのように、地域のニーズに合わせてフレキシブルに対応できる必要があります。自分の専門領域しかやらないのではなく、この地域にはこんな医療領域が不足しているからと、勉強して地域にフィードバックしていくといった姿勢が大事だと思います。

武田先生から見た垣脇先生、松尾先生は、どのような医師ですか?

垣脇先生は総合内科を中心にERもやっておられると聞いています。筋骨格系に詳しくて、エコーを見ながら注射するといった整形領域の仕事も積極的に取り組んでおられるようですね。内科から整形まで幅広く診療できるので、地域の診療所に行ったら非常に頼りにされるだろうと思います。

松尾先生のご印象はいかがでしょう?

松尾先生は初対面ですが、先ほど東通村診療所で研修をされていたといったお話を聞いて、地域医療に貢献したい想いを強く持たれている先生だと感じました。奈良県には情熱を持って地域医療に取り組む総合診療医がまだまだ必要ですので、ぜひ今後研鑽を積んで活躍していただきたいですね。

チーム制を導入し、メリハリをつけて働くことができる環境へ

現在、「医師の働き方改革」の具体的推進策が議論されている中で、大きな論点となっているのが「ワークシェアリング」「タスクシフティング」です。ただ、さまざまな意見があり、なかなか議論が進んでいないのが現状です。そうした中、総合診療医は多職種連携や地域のさまざまなリソースの有効活用などのハブ的な存在となることが期待されていますが、垣脇先生はこれについてどうお考えですか?

多職種連携については、初期研修医時代に地域研修をした時に、多職種連携のカンファレンスに出席したことがあります。自分が医師として関わっている時には気づかない話も聞けるので、こういった機会は必要だと感じました。奈良医大でも週に1回病棟のカンファレンスをやっていて、そこでは医者と看護師、薬剤師、リハビリスタッフが集まって意見を出し合っています。

松尾先生は「ワークシェアリング」「タスクシフティング」についてはどう考えておられますか?

医療クラークさんに書類作成などの事務作業を手伝っていただいたり、看護師さんに患者さんへの検査の事前説明をしていただけたりするのは助かりますね。

「医師の働き方改革」により2024年から医師の時間外労働の上限規制が適用されます。総合診療専門医の専門研修、そして総合診療医として働くことは他の診療科と比べて忙しさはいかがですか?

市立奈良病院はメリハリをつけて働ける環境だと思います。主治医制ではなく、チーム制で患者さんに対応しているので、休みの日は担当の先生に申し送りをして、急変時などは対応していただけます。

私の場合、去年(2018年)は専攻医1年目ということで、環境が変わって責任も重くなったこともあり忙しかったですね。しかし今年は一つ下の学年の先生が増えたため、かなり仕事量は減りました。やはりマンパワーは大事だと思います。忙しさを緩和する取り組みとしては、例えばカンファレンスの時間を短縮するなど、できるところから改善しています。

垣脇先生はこの中では唯一女性ですが、女性総合診療医として結婚・出産といった今後のライフイベントを考えた時に不安はありませんか?

外科の女性医師は、産休・育休で1年ぐらいブランクが空くと、手技に不安があってなかなか戻れないという話を聞くこともあります。しかし私の場合、救急領域でちょっとした手技はありますが、基本的には内科領域をやっていますので、休んでも戻って来やすいと思います。実際、うちの医局にも産休・育休を取得後に復帰して活躍されている先生が何名かいらっしゃいます。戻って来やすい雰囲気なので、復帰については今のところ不安はありません。

奈良県は関西の主要都市とのアクセスも良くオフも楽しめる

最後に若い医学生や研修医に向けて、総合診療の面白さやプライベートも含めた奈良県で働く魅力など、メッセージをお願いします。

総合診療医は幅広い診療に携わることができてとてもやりがいがあります。私が嬉しいのは患者さんから「先生には病気のことだけでなく、ちょっと気になることを何でも相談できる」と言われることです。人によっては疑問とか、聞きたいことが止めどなく出てきてちょっと時間が押してしまうこともありますが、総合診療を選んで良かったと思います。ぜひ奈良県で一緒に総合診療に携わっていきましょう。

奈良県は京都や大阪、神戸など関西の主要都市に行くのに車で1時間程度と、便利なロケーションです。私は車が好きなので、休みの日には奈良県内をはじめ、関西各地の観光スポットへのドライブを楽しんでいます。オフをしっかり楽しむことができる環境ですから、多くの方に来ていただきたいですね。

奈良県というと鹿と大仏というイメージを持っている方が多いかもしれませんが、実は美味しいものがたくさんあります。私の知っている総合診療の先生の中に、県内の美味しいお店巡りをしている人がいて「あの店は美味しかったよ」といった情報交換をしています。また、患者さんは奥ゆかしくて人がいい人が多く、学生や研修医に対してもとてもフランクにしゃべってくれます。診療しやすくて、地域に溶け込みやすいので、総合診療医を目指したい方にはおすすめです。

参加者プロフィール

武田 以知郎 先生

武田 以知郎 先生

出身大学
自治医科大学(1985年卒)
在 籍
明日香村国民健康保険診療所 所長(2010年~)

自治医科大学卒業後、天川村や大塔村の山間部に勤務。
県立五條病院では、小児科部長とへき地医療支援部長として地域医療に尽力。
2003年からはへき地医療を支援する(社)地域医療振興協会に招聘され、山添村での勤務のほか、同協会近畿地域支援センター長として全国的に地域医療を支援。
2010年から明日香村国民健康保険診療所所長に就任。

垣脇 文香 先生

垣脇 文香 先生(専攻医2年生)

出身地
奈良県
出身大学
奈良県立医科大学
初期臨床研修病院
市立奈良病院
専攻医研修病院
奈良県立医科大学附属病院
松尾 亮平 先生

松尾 亮平 先生(専攻医1年生)

出身地
青森県
出身大学
愛媛大学
初期臨床研修病院
弘前大学附属病院
専攻医研修病院
市立奈良病院
シカいの広い総合診療医は君だ!

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