第2回 高島野十郎展開催に寄せて

  この4月1日に着任したばかりの私にとって、当館で最初に開催される企画展が、「髙島野十郎展」であることを、ことのほか嬉しく思っています。実は、25年ほど前に福岡県立美術館で開催された回顧展を東京からわざわざ観に行ったくらい、私は髙島野十郎作品の大ファンであります。
 今回、新ためて彼の画業の全貌に触れて、ほんとうに素晴らしい絵描きさんだなと認識を新たにしました。
 髙島野十郎は、1890年から1975年に生きたひとで、岸田劉生とほぼ同世代です。福岡県久留米市の資産家の家に生まれ、東京帝国大学農学部水産科を首席で卒業しながら、幼少期からの夢であった絵描きになり、大正から昭和にかけてたくさんの油彩画を残しました。

 明治維新以降、西洋に追いつこうと必死に背伸びをしてきた日本が、ようやく追いついたかなと実感し始めた大正時代(1912−1926)に髙島は青年期を過ごし、その後は関東大震災や昭和大恐慌、そして戦争に明け暮れた激動の時代に自らの画業を追求し、晩年の戦後は各地を転々としながら絵を描き続けました。
 この時期に奈良にも滞在し、日本人にしか描けない油彩画と呼びたい非常に穏やかで理知的な表現の作品を残しています。
 明治時代に東京美術学校の黒田清輝に学んだ画人は、当時西洋で流行していた印象派に目を奪われ、その様式を模倣しましたが、次の世代である岸田劉生(1891−1929)などの高島と同世代の若者は、印象派以前のデューラー、レオナルド、レンブラント、ミレーなど西洋画の本質を学ぼうとしました。

 私は、岸田劉生も大好きなのですが、彼よりも対象を素直に表現している高島の絵にもとても惹かれます。また、岸田が同世代の日本画家・甲斐庄楠音(かいのしょうただおと 1894−1978)の作品を「湿度の高い日本的表現」として「でろり」と表現しましたが、髙島の表現はその対極にあるといえます。奇を衒わない「さらり」とか「はんなり」とでも評したい画風を、油彩画で完成したのです。実は、髙島とそっくりな絵を描いている日本画家の親しい友人を何人も知っています。

 髙島は、油彩画の画材と技法を完全に自己のものとし、日本人の感性で表現しきっています。
 最近、ジャンルを超えて現代の絵画表現を探り、この三人に影響を受けたと思われる若い画家たちが増えてきたことは、日本の現代美術にとってとても喜ばしいことだと思います。
 もっともっとたくさんの若い世代にも観てもらいたい展覧会です。

 会場をご覧になればわかると思いますが、地味ながら静謐な作品が並ぶ展覧会ですので、ふだんなら「一人でも多くのみなさまにご来場を!」とお願いしたいところではありますが、おりからのコロナ禍ですので、三密になっても困ります。館員一同、感染防止策などを徹底して、安心してご覧頂けるよう配慮してまいりますので、「適当な」数のお越しをこころよりお待ちしています。
 最後になりますが、本展開催にあたってご尽力を頂いた読売新聞社、福岡県立美術館、また作品をご提供頂いたみなさまのほか関係各位に深甚なる感謝を申し上げます。


2021年4月17日
館長 籔内佐斗司

image_director

せんとくんに見守られてのご挨拶