第6回 秋艸道人

 奈良の古寺・古仏探訪に加えたい楽しみのひとつに、会津八一の歌碑を巡ることがあります。

 ご存じの通り、美術史家・会津八一(1881〜1956)は、秋艸道人(しゅうそうどうじん)の名で知られた歌人でもあります。新潟県に生まれ、東京専門学校(後の早稲田大学)を卒業していますが、『南京新唱』(1924)、『鹿鳴集』(1940)など、奈良をこよなく愛し、その風物を題材にした優れた歌集を残しており、そこに詠まれた歌の多くが歌碑になっています。

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(写真は東大寺の歌碑)


 若い頃の私は、仏像にばかり興味があったのと、当時は草書の仮名文字が読めないせいもあり、歌碑を味わうゆとりはありませんでした。しかし、歳を重ねてくるとだんだんと意味が解るようになり、奈良を散策するたびに、歌碑を探すようになりました。そうすると、南都の風情はこんなにも魅力的だったのか、そして日本語はこんなに美しいのかとあらためて感動し、齢を重ねなければ解らない興趣というものを知りました。奈良県立美術館に奉職したからには、この典雅な遊びにますます興じない手はないと思っています。みなさんも、古都散策の折には、ぜひ秋艸道人の歌碑巡りをお楽しみください。

唐招提寺
おほてら の まろき はしら の つきかげ を 
つち に ふみ つつ もの を こそ おもへ

歌意
 唐招提寺の丸みを帯びた柱が月の光を受けて大地に落とした影を踏みつつ、(波頭を越えてやって来た鑑真和上に)思いを馳せている。

東大寺
おほらかに もろて の ゆび を ひらかせて
おほき ほとけ は あまたらしたり

歌意
 大仏さまは、大らかに両手の指をお開きになって、この宇宙のすみずみまで遍満しておられる。(華厳の教えそのままに。)

猿沢の池
わぎもこ が きぬかけ やなぎ みまく ほり 
いけ を めぐり ぬ かさ さし ながら

歌意
 折からの雨に傘をさしながら、かつて采女(うねめ)が天皇の寵愛を失って入水する前に衣を掛けたと伝えられる柳を見たいと思い、猿沢の池を廻ってみた。


2021年5月26日
館長 籔内佐斗司

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