英国は、先鋭的な音楽や美術の発信源として知られますが、大都市を離れた田舎のゆったりとした風光は、私たち日本人にもたいへん魅力的です。
ロンドンの西に位置するCotswolds(コッツウォルズ)地方は穏やかな丘陵地帯です。17世紀には羊毛の集散地として栄え、その名も「羊が丘」という意味とか。蜂蜜色と形容される落ち着いた石灰岩(コッツウォルズストーン)で造られた建物は、産業革命以前のよき英国の情緒を感じさせてくれます。この地方が英国経済を牽引する活況を呈した時代もありましたが、19世紀の産業革命による「経済成長」から取り残され、18世紀で時が止まったような街並みが残りました。しかしかえってそれが魅力になって、現在では観光地としてたいへん注目されています。そして、コッツウォルズの住民の生活様式は、今注目のSDGs・持続可能な経済発展の格好の例として、大いに見直されています。
40歳代のウィリアム・モリス(1834~1896)が、この地方のKelmscott(ケルムスコット)という村に住んでいた頃に、彼の代表作であるたくさんの織物製品が生み出されました。その魅力的な植物模様の源泉は、高度経済成長下のロンドンではなく、この地方の豊かな自然と美しい風景の中から生まれたといっても過言ではないでしょう。
(画像)モリスが愛した家、ケルムスコット・マナー 織作峰子(撮影)
Photo ⓒMineko Orisaku, ⓒBrain Trust Inc.
19世紀の英国製の織物製品が、プリント製の安価な量産品と、フランスの流行を模倣した機械織りの「似非高級品」に二極化していく時代に、モリスが目指した中世的職人技術を駆使した本物の手織物は、時代遅れと見做されました。いち早く近代資本主義に突入していた英国は、大量生産、大量消費に基づく経済成長こそが善であるとする考えが大勢を占める時代でしたが、モリスの鋭敏な感性は、消費をあおる経済が伝統文化を破壊し、人々の心を荒廃させることに気がついていたのです。それは、チャップリンの『モダンタイムズ』(1936)より半世紀も前のことでした。
(画像)ウィリアム・モリス肖像写真
1886年頃
Photo ⓒBrain Trust Inc.
現代の英国の田舎の美しさと豊かさは、現今の経済成長至上主義からの脱却や脱グローバル化を先取りしています。そして、コッツウォルズでは、古いものを受け継ぎ、現代に再生させる生活様式が生きており、商品は「使い捨て」を目的に作られるべきでないことを教えてくれます。
私たち日本人が、「三方良し(相手良し、手前良し、世間良し)」の行動様式や、謹厳実直、質素倹約、伝承と継続を旨としてきた徳川時代の知恵をすっかり忘れて、大量生産、大量消費、大量廃棄に邁進してしまった現代に、ウィリアム・モリスが目指したことを考える意味は大きいのです。そして、コッツウォルズの歴史を見ていると、これからの奈良の歩むべき道のりを示唆しているように思えてなりません。
コロナ後の暮らしを考えなければならない今こそ、『ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡』展は、まことに時宜を得た企画であると思います。みなさまのお越しを心よりお待ちしています。
2021年6月20日
館長 籔内佐斗司