ウィリアム・モリスと19世紀イギリス美術(2021年7月4日)

 特別展「ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡」が始まって一週間、ありがたいことに多くの方々にご来館いただいております。このコラムでもウィリアム・モリス展に関したことを少しずつ書いていこうと思います。

 本展の第1展示室では、モリスの初期デザインと共に、新婚時代の住まいであったレッド・ハウスを紹介しています。美しい赤煉瓦の建物は現在まで保存され、写真家・織作峰子氏が撮影した写真などでその様子を伝えています。
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画像:織作峰子(撮影) 《赤煉瓦の館》
Photo ⓒMineko Orisaku, ⓒBrain Trust Inc.
Thanks to the National Trust Red House, Bexley, London

 1859年、モリス25歳の年に建てられたレッド・ハウスは新居であっただけではなく、モリスのデザイナー/装飾美術家としての原点とも言える場所になりました。友人のフィリップ・ウェッブ(Philip Webb、1831~1915)が設計したレッド・ハウスの内装にはモリス自身も関わり、その経験を経て1861年、モリスは仲間たちとモリス・マーシャル・フォークナー商会を設立し、本格的に装飾美術の仕事を展開していくことになります。
 レッド・ハウスの内装に参加した友人たちにはエドワード・バーン=ジョーンズ(Edward Burne-Jones、1833-98)やダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti、1828-82)もいました。モリスとバーン=ジョーンズはオックスフォードの学友で、当初二人は神学を学び聖職を志していたようですが、在学中に芸術を目指すことになります。そしてバーン=ジョーンズが絵画の師と仰いだのが、ラファエル前派の画家ロセッティだったのです。モリスもまたロセッティに出会い、影響を受けました。
 モリス・マーシャル・フォークナー商会で制作したものは壁紙・家具・ステンドグラスなどでした。本展の出品作品は壁紙と織物が主体ですが、わずかながら家具も展示しています。下の画像はおそらくロセッティがデザインしたとされる優美な長椅子です。
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画像:《ロセッティの長椅子》1863年頃 Photo ⓒBrain Trust Inc.

 ロセッティが参加した美術運動としてのラファエル前派は19世紀中頃の数年間だけでしたが、イギリス近代美術史では重要な位置を占めています。最初はロセッティに加えてウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイの3人で結成されたラファエル前派は、当時のロイヤルアカデミーの硬直化した指導方針への不満から誕生したものです。盛期ルネサンス、とりわけラファエロ(英語名ラファエル)の絵画を金科玉条のごとく範としたアカデミーに対して、ラファエロ以前、つまり中世や初期ルネサンスの芸術に回帰しようとしたのでした。文芸や伝説に主題を求め、色彩豊かで細密な描写によるラファエル前派の絵画は、装飾美術的な要素も持つと同時に、後のフランス象徴主義を思わせるところもあります。
 モリスとバーン=ジョーンズは厳密にラファエル前派のメンバーだったわけではないものの、その後継ないしは周辺の芸術家としてラファエル前派をテーマにした美術展ではよく取り上げられます。ここでちょっと脱線しますが、このコーナーの 第6回(5月8日) で、私はむかし滋賀県立近代美術館(先月「滋賀県立美術館」としてリニューアルオープン)に居たと書きました。実はその当時(昭和の話です!)、私は ラファエル前派の展覧会 ラファエル前派の展覧会を担当したことがあります。いま久しぶりにその図録に眼を通しながらこのコラムを書いているわけですが、この展覧会にも(ロセッティはもちろんのこと)モリスとバーン=ジョーンズが取り上げられています。個人的にはそれ以来19世紀イギリス美術の展覧会は一度も担当する機会がなかったので、少し懐かしい気分になっております。なにしろ新卒で就職して最初に担当した(させられた、とも)企画展がこれだったもので。
 

安田篤生 (学芸課長)