美術館とコレクション(2021年12月8日)

 前回・前々回とミュージアム(美術館)とギャラリー(展示場)の違いに言及しましたので、ミュージアム(美術館)についてもう少し書いてみることにしましょう。
 まずは前回紹介した「博物館法」の中から、第二条を見てみましょう。博物館の「定義」として「この法律において「博物館」とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関」と書かれています。いかにも法の条文といった言い回しですね。続いてICOM(国際博物館会議)による国際標準としての現行の「Museum Definition (博物館の定義)」を見てみると、こんな感じです。「博物館とは、社会とその発展に貢献するため、有形、無形の人類の遺産とその環境を、教育、研究、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示する公衆に開かれた非営利の常設機関」である(原文は英語)。表現の差はあっても、どちらの定義も根幹は共通しており、ここで博物館の機能として強調しておきたいのは「コレクションを収集・保存・展示する」という部分です。そしてコレクションの対象が美術作品である博物館がすなわち美術館ということになります。しかし、美術館活動の根幹の一つであるコレクションについて、日本の美術館の多くは長年の悩みを抱えているのです。
 コレクションの形成の仕方、つまり収集の方法は大きく分けて「購入」と「寄贈」があります。この奈良県立美術館はもともと、風俗史研究家・日本画家の吉川観方氏が収集した日本画、浮世絵、各種工芸品などの寄贈を機に開館したという経緯があります。その後も由良コレクション、大橋コレクションといった個人収集家のコレクションを寄贈していただきながら現在に至っています。次回(来年2月5日から)開催予定の企画展『奈良県立美術館所蔵名品展 奈良県美から始める展覧会遊覧』では、このようなコレクターの視点も織り交ぜながら展示を構成する予定ですので、その点にも注目していただければと思います。
 ミュージアムコレクションの質量両面での充実と成長という観点からすると、寄贈という(あえて言うならば)受け身の収集だけでなく、積極的に作品を見つけ出し選んで購入していくという、積極的な収集も必要であることは言うまでもありません。当館も作品購入をしてこなかったわけでは決してありませんが、当館に限らず日本の美術館の多くは、欲しい作品をなかなか変えない財政的な苦境に(それも今に始まったことではなく)置かれてきた、というのが事実です。35年もこの仕事を続けているとほんとうに唖然とするばかりなのですが、近年の国際美術市場における高騰ぶりはとどまることを知りません。美術作品のオークションにおいて(特に近現代の著名作家の)作品が途方もない金額で落札されたニュースがときどき報道されていますので、目にされたことがあるでしょう。もちろんすべての美術作品がそこまで高い価格で取引されているわけではありません。しかし、日本の美術館はごく一部の例外的な館を除いて作品購入予算が乏しい(もしくは、無い…)のが実情と言わざるを得ません。公立の美術館はほぼいずれも、限られた予算の中でやりくりしながら努力している状況にあり、比較的財政的に恵まれている国立の美術館でさえ、国際オークションに出てくるような高額の作品にはとても手が届きません。中には例外もないわけではなく、私立の美術館の中でもごくごく少数の館は、豊富な財力でコレクションを増やしているところもありますが、大半の美術館は工夫して身の丈に合った作品収集をするしかない、というところでしょう。
 言うまでもありませんが、美術のコレクションは美術館だけが形成するのではなく、法人・個人あわせていろんなタイプのコレクターが存在して、アーティストや美術の世界を支えています。そうしたコレクションの中には、結局コレクター自らが美術館を作ってしまう例もありますし(私立美術館の多くがそうです)、国公立の美術館に収蔵されてパブリックコレクションになることもあります(当館がまさにその一例です)。それ以外のプライベートコレクションは通常、公の眼に触れる機会は(優れた内容であっても)そう頻繁にはありません。美術館が特別展・企画展で拝借して展示する機会があれば、という程度でしょう。そんな中、東京で1年前に、現代美術の優れたプライベートコレクションを一般公開することをテーマにしたユニークな美術館ができました。寺田倉庫株式会社が天王洲アイル駅の近くに作ったコレクターズミュージアム「WHAT(ワット)」がそれです。ちょうど現在は、大林剛郎氏の現代美術コレクションを展示しています。私も前に勤務していた美術館で同氏のコレクションを一部拝借したことがありますが、国内外の優れた現代アーティストの作品が集められ、とても見ごたえがあるので紹介しておきます。こうした愛情と眼力(とそして財力)のあるコレクターの存在が、時代や国を問わず美術を支えてきて、その発展に貢献してきたのです。このコラムの第11回で触れた大橋コレクション(その一部を当館が所蔵)もまた、その一つといえます。

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画像:「WHAT(ワット)」入口のサイン、筆者撮影

安田篤生 (学芸課長)

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