美術館と建築─ある建築家の訃報から(2021年12月21日)

 つい先日、イギリスの建築家リチャード・ロジャースの訃報を日本でも複数のメディアが取り上げ、ご覧になった方もおられると思います。ロジャースは建築界のノーベル賞とされるプリツカー賞や日本の高松宮殿下記念世界文化賞も受賞した現代建築の大家で、訃報では代表作としてパリにある複合文化施設ポンピドゥー・センター(正式にはジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センターという長い名前です)が挙げられていました。1977年開館のポンピドゥー・センターは、当時は斬新すぎる外観ゆえに賛否両論渦巻いたそうですが、今ではパリで必見の場所の一つとしてすっかり定着しています。行ったことあるよという方も多いでしょうし、まだの方はコロナ禍が落ち着いて海外旅行がしやすくなったら(一体いつになるんでしょう…)訪れてみてはいかがでしょうか。
pompidou
画像:夜のポンピドゥー・センター正面 筆者撮影 2014年

 ところでこのポンピドゥー・センターは、実はロジャースと共同で設計にあたったレンゾ・ピアノの代表作の一つにもなっています。イタリア出身のレンゾ・ピアノもやはりプリツカー賞や高松宮殿下記念世界文化賞を受賞した大家です。日本でピアノといえば関西国際空港旅客ターミナルビルの設計がありますが、美術館の建築設計においても実績の多い建築家なので、ロジャースの訃報のついでみたいになりますが、少し書いてみることにしましょう。
 ちょうど大阪市立美術館でメトロポリタン美術館展が開催中ですね(1月16日まで)。アメリカには著名な美術館がいくつもあり、特にニューヨークはメトロポリタン美術館をはじめMoMA(ニューヨーク近代美術館)など素晴らしい美術館が目白押しです。ニューヨーク以外ではボストン美術館やシカゴ美術館が日本でも知られているところでしょうか。これらに比べるとわが国では周知されていないかもしれませんが、見どころのある美術館(特に近現代美術)という点で穴場といえるのは、西部劇の場所として知られるテキサス州です(カリフォルニア州もいいですが)。
 テキサス州の中でもヒューストンはアメリカで人口第4位の大都市です。今年のメジャーリーグベースボールでアメリカンリーグを制したアストロズの本拠地でもありますし、アメリカ航空宇宙局 (NASA) の宇宙センター所在地でもあります。
 このヒューストンにレンゾ・ピアノが設計したメニル・コレクションという私立の美術館があります。ここは地元の富豪デ・メニル夫妻が収集したコレクションを母体にした美術館で、特に20世紀美術コレクションの素晴らしさもさることながら、ポンピドゥー・センターとは方向性の異なる設計による空間も特筆すべきものになっています。天井高をたっぷりと取った展示室のほぼすべてに天窓が設けられ、テキサスの陽光は巧みに計算されたルーバーによって拡散し、展示室全体を柔らかい自然光が包み込むようにデザインされています。80年代に作られたメニル・コレクションで実践された、自然光を取り入れた空間で美術作品と向かい合うという考え方は、その後にピアノが手掛けた美術館建築にも受け継がれているものです。その他の建築的ディテール(特に展示室内)はシンプルにまとめられ、じっくり鑑賞できるような静謐さを作り出しています。
 メニル・コレクションの近くには、他にも展示内容と建築空間の両方において見逃せない施設があります。一つは、これもピアノが設計したサイ・トゥオンブリー・ギャラリーです。サイ・トゥオンブリーはアメリカ抽象表現主義の巨匠の一人であり、この施設はトゥオンブリーの絵画作品に捧げられた小規模な美術館です。白い壁面のシンプルな四角形の展示室は、メニル・コレクション本館と同様に柔らかく拡散する自然光で満たされ、トゥオンブリーの特異な絵画表現にどっぷりと浸ることができるようになっています。
 また、こちらはピアノの設計ではありませんが、ロスコ・チャペルもあります。名前の通りの礼拝堂なのですが、壁面を飾るのはこちらもアメリカ抽象表現主義の巨匠であるマーク・ロスコの巨大な作品群です。やはり天窓から差し込む光で鑑賞する空間となっており、厳かで静謐な空間は瞑想にもってこいの場を作り出しています。
 ロスコもトゥオンブリーも、いくつかの作品は日本の美術館に収蔵されているので鑑賞機会もあるとはいえ、まとめて見るのは容易ではありません。私は原美術館勤務時代にトゥオンブリーの個展を担当したことがありますが、もう6-7年前の話です。このヒューストンを訪れたのも若いころに一度だけなので、機会があれば再訪したいものです。
 ところでテキサスというところは、ヒューストン以外の街にも興味深い美術館があるのですが、それについてはまたの機会に触れることにしましょう。

安田篤生 (学芸課長)