美術館のある街(2021年12月26日)

 前回「ニューヨークはメトロポリタン美術館をはじめMoMA(ニューヨーク近代美術館)など素晴らしい美術館が目白押し」と書きました。ニューヨークの中心をなすマンハッタン島は、広大なセントラルパークを中心として格子状に街路が作られているのですが、イーストサイドの大通り5番街の一部分がミュージアム・マイルと呼ばれていることは、ご存じの方もいらっしゃるでしょう。南北に延びる5番街に沿ってメトロポリタン美術館やグッゲンハイム美術館、クーパー・ヒューイットデザイン博物館など、いくつもの美術館・博物館が立地しており(ただしMoMAはここではありません)、ビジネス・娯楽・文化など多彩な顔を持つ大都市ニューヨークの中でも特徴的なエリアの一つとなっています。とはいえ、直線の通り沿い約2キロにわたってとびとびに建っているため、端から端まで歩くだけでも大変です。私は若いころ、メトロポリタン美術館から東(イーストリバー方向)へ徒歩15分ほどのアパートで生活したことがあるのですが、5番街へ行っても一度に見るのは1館かせいぜい2館でした。メトロポリタン美術館などは大変大きいので、隅から隅まで鑑賞するために何回も通ったほどです。
 一方、線というよりも面的に、ひとつのエリアへ計画的に美術館・博物館を集めた例としてはオーストリア・ウィーンのミュージアムクォーターがあります。こちらは有名なウィーン美術史美術館に隣接するエリアを20世紀末に再開発して美術館・アートセンターなどを集結させ、歴史豊かな文化都市ウィーンに新たな表情を付け足したと言えます。そのほかに私が行ったことのある場所で例を挙げると、ドイツ・ミュンヘンにも、アルテ・ピナコテークなどいくつもの美術館が集まっているアートクォーターという場所があり、ドイツ第3の大都市ミュンヘンを特徴づける一角となっています。このアートクォーターに、個人コレクションを母体としたブランドホルスト美術館というのがあるのですが、ここには前回のコラムで言及した20世紀絵画の巨匠サイ・トゥオンブリーのすばらしいコレクションもあります。
 もちろん日本でも、街の中に美術館・博物館が集まったエリアがある例はいくつかあります。まず、都市公園の内外に立地している例として代表的なのは、言うまでもなく東京の上野公園です。ここには国立・都立・私立のさまざまな美術館・博物館が集まっていますね。2000年代になると、東京では六本木もまた「美術館のある街」(国立新美術館、森美術館、サントリー美術館、21_21 DESIGN SIGHT)として人気が出てきましたが、こちらは公園のような特定区域にまとまっているのではなく、六本木の首都高速を挟んで市街に分散しているのが特徴です。また、ここは東京ミッドタウンや六本木ヒルズがあるように、文化的のみならず商業的にも東京のコアの一つになっていると言えます。
 関西ですとまず思い浮かぶのは、京都国立近代美術館と京都市美術館が大鳥居を挟んで向かい合っている岡崎公園でしょうか。岡崎公園にはホール、図書館、動物園もありますし、公園のすぐ西隣には私立の細見美術館もあります。そして、寺社のイメージが強い奈良公園エリアも、実は博物館的な施設がいくつも(奈良国立博物館だけではなく)あるのです。当館も公園内でこそありませんがすぐ傍にありますし、東大寺ミュージアム、興福寺国宝館、春日大社国宝殿、寧楽美術館と多士済々です(歩いて回るにはちょっと広がりすぎですが)。
 ところで、ときどきこのコラムで来年2月にオープンを控えた大阪中之島美術館に触れてきました。同館のすぐ南、土佐堀側には国立国際美術館(2004年に吹田から移転)と大阪市立科学館(1989年開館)が隣接しています。かつては中之島で博物館というと大阪市立東洋陶磁美術館(1982年開館)くらいだっのたで、中之島エリアもずいぶんとイメージが変わりましたね(2018年には建て替えられた朝日新聞大阪本社に中之島香雪美術館もできました)。たまたま先日、国立国際美術館へ行ったところ、下の写真のように同館と中之島美術館とを連絡する陸橋の工事が途中まで進んでいました。両館では同じ特別企画展を2会場合同で開催する準備も進めているとのことで、中之島が「美術館のある街」として活気と魅力を増していくことを期待したいと思います。これは大阪というだけでなく関西の魅力の一つにもなってほしいところです。
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写真:国立国際美術館から大阪中之島美術館を見る

 大阪の中心といえばもう一つ、ミナミがあるわけですが、まあ、ミナミ自体は美術館など必要のないくらい(?)活力に富んだ場所であるとは言えるでしょう。しかしながら、このコラムでも(→第32回を参照)触れてきたように、大阪府(大阪市ではなく)がミナミ(大阪球場跡地)に美術館を作ろうとして果たせずに終わってしまったことはなんとも残念です(元・関係者の一人として)。しかし、そんなミナミの御堂筋沿いに今年、小さいながらもユニークな現代美術の展示スペースがスタートしたことをご存じでしょうか。それはエスパス ルイ・ヴィトン大阪です。ファッションブランドとしては説明無用のルイ・ヴィトンは、パリにフォンダシオン ルイ・ヴィトンを設立し、20世紀美術・現代美術の法人コレクター・サポーターとしての側面も持っているのです。そして東京に続き、「ルイ・ヴィトン メゾン大阪御堂筋」のワンフロアに現代美術コレクションの展示室「エスパス ルイ・ヴィトン大阪」を開設したのです。ここでは現在、旧東ドイツ出身の巨匠ゲルハルト・リヒターの個展を開催しています(入場無料、4月17日まで)。出品点数は多くありませんが見ごたえのある展示になっていますので、ショッピングなどで心斎橋方面に行かれた際には立ち寄ってみてはいかがでしょうか。
 
安田篤生 (学芸課長)