2022年の美術─ドクメンタなど(2022年1月6日)

 2022年の正月早々からまたもやコロナウイルスの感染拡大が報じられています。この2年というもの美術界もコロナ禍に振り回されどおしで、展覧会やアートイベントの中止・延期・内容変更が相次いだことはご存じのとおりです。そんな中、この2022年は(予定通りであれば)5年に一度の「ドクメンタ」展が6月から開催される年なので、今年最初のコラムは「ドクメンタ」の話題から始めてみましょう。
 実は「ドクメンタ」について、私はこのコラムの第6回(2021年5月8日)で少しだけ言及しています。ドイツのカッセル(Kassel)という中規模の都市で1955年にスタートした「ドクメンタ」は、今では世界中でたくさん開かれる国際展の中でも「ヴェネチア・ビエンナーレ」と並んで最も重要で知名度の高いもののひとつです。当初は、ナチス政権下で「退廃芸術」として糾弾され抑圧されたモダンアート・前衛美術の地位回復をはかるためという、いかにもドイツ的な事情から開始されたと言われています(当時ドイツは東西に分裂中で、カッセルは旧西ドイツに位置します)。それが回を重ねるごとに世界を代表する国際現代美術展に成長したわけなのですが、その歴史をたどると、現代美術とその周辺の社会状況の変化もうかがえるところがあります。
documenta14
 国際現代美術展とは言っても、20世紀の「ドクメンタ」はやはりヨーロッパ(というかせいぜい欧米)の眼から構成された美術展という色彩をぬぐえません(日本の作家も出品などをしているのですが)。「ドクメンタ」は毎回異なるディレクター(芸術監督)が選ばれて企画・構成の責任一切を負う形で組織しており、第10回展(1997)までのディレクターはすべて欧米人(しかも大半は男性)でした。それが今世紀に入ると、グローバリゼーションを背景に美術史の見直しや文化的価値観の再検討といった要素も見られるようになり、第11回展(2002)では初めてアフリカ人(ナイジェリア)のディレクターが起用されました。私は第12回展(2007)から第14回展(20017)まで3回続けて見に行きましたが、冷戦後の国際社会が激変する中でどのように美術を国際的にプレゼンテーションしていくのか、いろいろ試行している感じが見受けられました。ヨーロッパから比較的近い中東やアフリカの作家をはじめ、非=欧米圏の作家もかなり参加するようになりました。 
 参考までに、上の画像は私が第14回展(20017)で撮ったもので、写っているのはメイン会場前の広場にアルゼンチン出身の作家マルタ・ミヌヒン(Marta Minujin)が設置した《書物のパルテノン》という巨大な作品です。簡素な鉄パイプで実物大に組み上げた神殿の柱や梁に詰め込まれているのは、世界中から集められた「発禁」になった書物です。この広場ではナチスドイツ時代に実際に「焚書」が行われたとのことですが、自由と民主主義を問いかけた作品となっています。特にこの第14回展の背景には、中東・アフリカからヨーロッパへの難民流入の増大やユーロ危機といった、EU圏が抱え込んでいだ課題も無視できなかったのではないかと思います。
 そして今年開催予定の「ドクメンタ15」展でも、半世紀以上の同展の歴史における新機軸が見られます。今回のディレクターは初めてアジアから選ばれ、インドネシアのルアンルパ(RUANGRUPA)が企画しています。しかもルアンルパというのは個人の名前ではなくアート・コレクティブ(芸術家集団)の名前なのです。
 日本のアートシーンでも近年、以前から日本語の文脈に比較的馴染んでいるグループあるいはユニットという呼称に対して、アート・コレクティブまたはアーティスト・コレクティブという呼称もかなり使われるようになった印象があります。アーティストが集団的に活動したり制作すること自体は珍しくありませんが、近代以降の美術は、どちらかという文学のように「個」の表現行為として「作家」が在ることが普通だったと言えるでしょう。それに対するひとつの在り方として、近年はコレクティブが活発化してきたように思います。それは工房的な師弟関係・上下関係とも、演劇や映画のようなシステム化した集団制作体制とも少し違う、目的や問題意識を共有した制作共同体的なものでしょうか。近年のアート・コレクティブの活発化で一つ例を挙げると、イギリスの現代美術界には1984年からターナー賞(もちろん19世紀の風景画家ターナーにちなんだ名称です)というのがあり、過去の受賞者にはアニッシュ・カプーア、アントニー・ゴームリー、ダミアン・ハースト、ヴォルフガング・ティルマンスなど錚々たる顔ぶれが並んでいます。昨2021年発表されたターナー賞は、受賞者だけでなく最終候補者すべて(計5組)がアート・コレクティブでした。「ドクメンタ15」に話を戻すと、こちらの出品作家にもコレクティブが多数あり、やはりこうした状況を反映しています。
 また、2022年は「ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」も開催される予定です(昨年の予定だったのがコロナ禍で延期)。19世紀末からの歴史を持つヴェネチア・ビエンナーレはオリンピックのような国別参加方式をとっており、今回の日本代表はダムタイプに決まっています。1980年代に京都で結成されたダムタイプは、日本におけるアート・コレクティブの先駆けとも言えます。
 私は今年海外へ出る機会はどうもなさそうなので残念ですが、いずれにせよコロナ禍は少しでも収束に向かっていってほしいものです。

安田篤生 (学芸課長)