歴史哲学者の美術品収集家─奈良県美の由良コレクション(2022年1月20日)

 当館では2月5日(土)から企画展『奈良県立美術館所蔵名品展 奈良県美から始める展覧会遊覧』を開催いたします。全館を使って当館コレクションを展示するのはひさしぶりですので、コレクションにまつわるお話をすることにしましょう。
soga このコラムの第31回(2021年12月8日)「美術館とコレクション」で私は「奈良県立美術館はもともと、風俗史研究家・日本画家の吉川観方氏が収集した日本画、浮世絵、各種工芸品などの寄贈を機に開館したという経緯があります。その後も由良コレクション、大橋コレクションといった個人収集家のコレクションを寄贈していただきながら現在に至っています」と書きました。現在、当館のコレクションは4,000点を軽く上回る数になっていますが、その中で人気のある(?)作品のひとつに曾我蕭白(1730-1781)の『美人図』(江戸時代・18世紀)があり、昨年は東京国立近代美術館の『あやしい絵』展や愛知県美術館の『曾我蕭白展』にもお貸出ししました。この作品は、奈良市出身の歴史哲学者・由良哲次氏(1897-1979)が収集し、没後に当館へ寄贈された由良コレクションのひとつです。既存の美人画に倣っているようでいてひとひねりを加え、美しさに独特のすごみを加味した興味深い作品ですね。
 由良哲次氏は京都大学で西田幾多郎、田辺元という京都学派の錚々たる重鎮に師事したのち、ドイツのハンブルク大学でエルンスト・カッシーラーに学んで博士論文をまとめました。カッシーラーは哲学領域にとどまらず科学・文化まで包含したスケールの大きい研究と思索で知られ、主著の『シンボル形式の哲学』や『人間―シンボルを操るもの』は現在岩波文庫に入っています。また、由良氏は旧制三重県立第三中学の在学中、一歳年下の横光利一(川端康成とともに新感覚派の小説家として活躍)と親友になり、その縁で川端康成とも交流し骨董談議に花を咲かせたそうです。
 由良氏の美術品収集は京都大学在学中にさかのぼります。たまたま京都の古物商で見かけた水墨山水の小品に惹かれて購入したのがきっかけで、その第一号の収集品が曾我蕭白の筆になるものでした。その作品はドイツ留学にも離さず持って行ったそうです。帰国後は東京高等師範学校(筑波大学の前身)や日本大学で教鞭を取りましたが、戦後は在野の研究者として活動しました。学究生活の傍ら収集を続けられ、蕭白から雪舟、北斎へとコレクションの幅は広がっていきます。当館の由良コレクションは、吉川コレクションや大橋コレクションと比べると、点数こそ100点余りで小規模ですが、充実した内容のものとなっています。
 由良哲次氏のご長男は東京大学教授をつとめられた英文学者の由良君美氏です。雑誌『ユリイカ』などに執筆されたエッセイは私も学生時代に楽しく読んだ記憶があります。英米文学関連の翻訳書も多数出されていますが、そのひとつローレンス・ヴァン・デル・ポストの『影の獄にて』は、大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』(1983)の原作になっています。
 さて、君美氏が当館の『由良コレクション展』図録(1980)に寄稿された回想によると、哲次氏はたいへんな倹約家で無駄遣いをとても嫌っていたとのことで、お母様は家計のやりくりでご苦労があったようです。そうしてこつこつと貯めた財で美術品を収集されたのでしょう。その哲次氏に対して、没後のために収集品をしかるべき機関に寄贈しては、と進言されたのは君美氏だそうで、その結果生地の奈良市にある当館への寄贈が実現した次第です。
 由良氏の奈良に対する社会貢献は当館への寄贈だけではありません。たとえば、橿原市にある新沢千塚古墳群の保存事業のため億単位の私財を寄附されています。研究者としては長年東京を拠点とされていましたが、故郷奈良への想いは最後まで絶えなかったようです。

安田篤生 (学芸課長)