第42回 スウェーデン

 今年話題になった日本映画『ドライブマイカー』で、主役級の働きをした自動車が、スウェーデン製の赤いSAABでした。この車は私の友人が所有しているものを貸し出したのですが、彼は30年以上の年代物とは思えない頑丈さをいつも自慢しています。SAAB社は、戦前から軍用機メーカーとして有名で、現在でも、SAAB 39グリペンという優れたジェット戦闘機や、信頼度の高い民間航空機を製造しています。またスウェーデンの代名詞ともいえるVolvo車も、堅牢な車体や雪道での走破性のほか、現在もっとも普及している三点支持のシートベルトやヘッドレストを世界に先駈けて搭載したことからもわかるように、人命尊重の思想がたいへん高い国といえます。その他、家具販売のIKEAや、抗がん剤やコロナワクチンでも知られる製薬メーカー・アストラゼネカ(本社は英国)など、この国の新規開発力や発信力は絶大です。
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左:SAAB900 turbo (YM Works.comより) 右:SAAB 39グリペン戦闘機

 そんなスウェーデンは、わが国土よりやや大きい程度ですが、人口は10分の1以下の1.000万人強です。しかしながら、ノーベル賞は言うに及ばず、科学技術、工業製品、ライフスタイル、アート、デザイン、ポップミュージックまで世界に大変な影響力があり、10倍以上の人口を抱えるわが国に比べると、この国の発進力は驚異的です。最近、K-POPの活躍が著しいですが、韓国の国家を挙げての芸能支援体制は、世界を席巻したABBA、Ace of Base、The Cardigansなどの独特の空気感を持つSwedish Popsの海外戦略をお手本にしたのではと感じます。
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スウェーデンと日本(https://ja.wikipedia.org/)

 経済的にはEUに所属しますが、ロシアと国境を接している関係から政治的にはNATOには加わらず、ノルディックバランスというきわどい中立を貫いてきました。ロシアやドイツなどの侵略に曝されてきた歴史から、兵役義務に支えられた「武装中立」という現実的な国防政策を採っており、強力で優れた国防力を持っています。しかし、ロシアのウクライナ侵略によって、今後、外交政策が大きく変化していくかもしれません。また経済的には、連帯的賃金政策を採り、就労の流動性によって生産性を高め、重い税負担とひきかえに手篤い社会福祉と幸福感を提供しています。第二次大戦では、ナチスドイツがフィンランド、ノルウェー、デンマークなどへ次々と侵攻していく中、唯一独立を保持し続けたことは、バイキングの血を引くこの国の気概を感じます。グスタフ国王を戴くスウェーデン人の気骨は、今回の新型コロナへの対応でも見事に発揮されました。独立自尊の気風が旺盛な国民性は、この病の特徴をいち早く分析して読み切り、隔離や行動規制などをすることなく、集団免疫獲得を目指す方針を取りました。途中に急激な感染拡大が起こり、なんと国王自身も感染されましたが、政府方針は揺らぐことなく、結果的にはいち早く終息させました。EU諸国も、いまではスウェーデンの方式に倣って政策を転換し、社会や経済を正常化させています。
 一方、安倍政権や菅政権時のわが国のコロナ対応は、野党やマスコミの無責任な批判にもかかわらず、結果から見れば充分に成功したと私は評価しています。ただ、果断な勇気をもって幕引きをしなければいけない現政権の指導力のなさは情けない限りです。いまだに感染者数の増減に右往左往し、いつまでたっても感染症の分類レベルを第五類まで引き下げる決断もできず、外国人へのビザ発給を制限し、ぐずぐずとマスク生活を引きずっています。EUと米国では、5月の時点で政治も経済も文化交流も生活もコロナ以前に回復させたというのに、あいかわらず日本国民は三密を怖れ、あまり効果があるとは思えないアルコールスプレーでの手指消毒をしながら、酷暑の中のマスク生活を送っています。「個」が確立した強い胆力を持った大人の国・スウェーデンにくらべると、つくづく日本は決断力のない幼稚な国だといわざるを得ません。

 なお本稿執筆中の2022年7月8日に、安倍晋三氏が奈良市内でテロの凶弾に倒れられました。政治・経済・外交における彼の業績をあらためて評価しつつ、こころより哀悼の意を表します。

2022年7月12日
奈良県立美術館館長 籔内佐斗司