博物館の「定義」とは(2022年9月9日)

 昨年、このコラムの第30回(2021年12月1日)「美術館にも法律があります」で博物館法のことを少し書きました。そこでも前触れめいたことを言いましたが、1951年に制定された博物館法について、今年6月の通常国会でその一部を改正する法案が成立しました。ネット上のニュースサイトやSNSでも多少話題に上りましたので、ご存じの方もおられるでしょう。今回はその法改正の内容については触れません。そのかわり、博物館法が公布されたのと同じ1951年にあった、これまた博物館にとって重要なことを紹介したいと思います。それは1951年5月にICOM日本委員会が設立されたことです。
 われわれがイコムとかアイコムと略称で呼ぶICOM(International Council of Museums 国際博物館会議)とは、博物館の進歩発展を目的として創設された国際的なNGO(非政府組織)です。第二次世界大戦後の混乱がまた続く1946年に設立され、本部はパリに置かれています。ICOMは、その世界大会が初めて日本(京都)で開かれた2019年の時点で、138 の国・地域から、3,000件の 団体会員と41,000 人の個人会員が加盟する、まさに博物館のグローバルなコミュニティとなっています。ICOM日本委員会は国ごとに設けられる支部にあたる国内委員会(National Committees)という位置づけで、1951年設立ということは、かなり初期の段階から日本もICOMに参加していることになります(ちなみに、わが国では1950年に文化財保護法が制定されています)。
 このICOMでは、グローバルスタンダードとしての「博物館の定義 Museum Definition」を定めているのをご存じでしょうか。初めこれはICOM設立の1946年にまとめられたICOM憲章(Constitution)の中で示され、その後社会的状況の変化に応じて適宜改定されてきました。下記に掲げるのは2007年ウィーン大会で採択されたものです。
 
“A museum is a non-profit, permanent institution in the service of society and its development, open to the public, which acquires, conserves, researches, communicates and exhibits the tangible and intangible heritage of humanity and its environment for the purposes of education, study and enjoyment.”

「博物館とは、社会とその発展に貢献するため、有形、無形の人類の遺産とその環境を、教育、研究、楽しみを目的として収集、保存、調査研究、普及、展示する公衆に開かれた非営利の常設機関である。」


 参考として、わが国の博物館法における「博物館の定義」(第二条)は次のようになっています。この通り、根幹の部分ではICOMの定義と矛盾しないようになっていることがわかります。

「この法律において『博物館』とは、歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管(育成を含む。以下同じ。)し、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関(以下省略)」

 ところで2007年改訂版の「博物館の定義 Museum Definition」も、10年を経過したあたりで、世界情勢を考慮してそろそろ見直すべきではないのか、という声が高まりました。実は、先述の2019年ICOM京都大会で新たな「定義」が採択される予定だったのですが、議論がまとまらず持ち越しとなったのでした。ICOMの世界大会というのは3年ごとに開催するのが慣例となっており、京都に続く大会は先月下旬、チェコのプラハで開かれたばかりです。その席上、ようやく最新の「定義」が採択され、その内容はこうなっています。

“A museum is a not-for-profit, permanent institution in the service of society that researches, collects, conserves, interprets and exhibits tangible and intangible heritage. Open to the public, accessible and inclusive, museums foster diversity and sustainability. They operate and communicate ethically, professionally and with the participation of communities, offering varied experiences for education, enjoyment, reflection and knowledge sharing.”

「博物館は、社会に奉仕する非営利の常設機関であり、有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈し展示する。一般に公開された、誰もが利用できる包摂的な博物館は、多様性と持続可能性を促進する。倫理的かつ専門性をもって、コミュニティの参加とともにミュージアムは機能し、コミュニケーションを図り、教育、楽しみ、考察と知識の共有のための様々な体験を提供する。」(ICOM日本委員会による暫定訳)

 「多様性」「持続可能性」といった文言をはじめ、やはり昨今の世界情勢を考慮したブラッシュアップになっていると思います。
 ちなみに、この改訂に向けた京都大会からプラハ大会への過程をラフに振り返りますと、ワーキンググループがまとめた複数のたたき台が各国の国内委員会を通して会員に示され、アンケートやコメントによる会員からのフィードバックを国内委員会ごとにまとめて本部へ投げ返す感じで進みました。当館はあいにく館としてはICOMに加盟しておりませんが、私が以前から個人正会員(Individual Membership)でしたので、このプロセスにも参加いたしました。
 わが国には、ICOM日本委員会の他にも、(公財)日本博物館協会や(一社)全国美術館会議、(公社)日本動物園水族館協会、全国歴史民俗系博物館協議会といった博物館や美術館のコミュニティといえる団体がいくつかあります。こうしたところでも、基本の部分ではICOMと理念を共有していることにおいてかわりありません。

安田篤生 (副館長・学芸課長)