アートとデザイン─田中一光展のことなど(2023年4月16日)

 奈良県立美術館は今年で開館50周年を迎えたわけですが、それを記念する展覧会の第一弾として4月22日(土)から『田中一光 デザインの幸福』展が開幕いたします。奈良市出身のグラフィックデザイナー田中一光(1930-2002)は、20世紀後半の日本のグラフィックデザインを先導した一人として国際的に評価されています。当館では200点を越える田中一光のポスターやグラフィックアート作品を所蔵していますが、本展は所蔵品以外にも外部からお借りする作品もあわせて田中一光の業績を検証するものです。

 デザインにはグラフィック以外にもインダストリアル、インテリア、ファッションなどさまざまな分野があります。田中一光はグラフィックデザインに軸足を置きながら、企業やブランドのロゴマーク、あるいは広範囲なアートディレクション、クリエイティブディレクションでも活躍し、伝統を重んじながらも新しい文化的価値の創造に尽力しました。その中でも代表的な仕事はセゾングループのクリエイティブディレクションや無印良品のアートディレクションでしょう。また、生前親交のあったファッションデザイナー三宅一生(1938-2022)とのコラボレーション《IKKO TANAKA ISSEY MIYAKE》も見落とせません。今回の展覧会ではこのような多彩な業績もあわせてご覧いただける内容となっています。同時に、このたび受付脇に新設したギャラリースペースでは、オープン記念の特別企画として、公益財団法人三宅一生デザイン文化財団のご協力で田中一光と三宅一生のコラボレーションに着目した関連企画も開催する予定です。ぜひご鑑賞いただければと思います。

 ところで、一般的にデザインは(先述のようにさまざまな分野があるわけですが)何らかの用途や目的と結びついており、それをプロダクトとして具現化するプロセス自体がデザインです。デザイナーは多くの場合、メーカーやブランドといったクライアントないしは雇用主からの注文によってプランを練り作品を作ります。もちろんデザイナーがプロデュースを兼ねる場合もありますが、田中一光のグラフィックデザインもそのようなクライアントが存在するものが多数あります。その一方、当館の田中一光コレクションには、いわゆるクライアントが不在で、田中一光が自らの表現行為として制作したグラフィックアート作品も多数ふくまれています。このようにデザインは、そのプロセスに違いがあったとしても、美術(アート)と不可分のものと言えるでしょう。

 近年(私が学芸員になった昭和末期に比べると)、美術館ではデザインをテーマにした展覧会を開くことも増えてきました。東京都現代美術館で5月28日まで開催中の『クリスチャン・ディオール、 夢のクチュリエ』もそのひとつです。また、欧米には遅れを取ったものの、展覧会だけでなくコレクションでもデザインに力を入れる美術館も現れてきました。「アートとデザインをつなぐ」ことを標榜し、英語の公式名称を「Toyama Prefectural Museum of Art and Design」とする富山県美術館などがそうですが、関西では、開館して1周年を迎えた大阪中之島美術館もデザイン分野を重視している美術館です。

 この大阪中之島美術館で『デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン』という展覧会がちょうど開幕したばかりですのでご紹介しておきましょう。概要紹介文には「この展覧会は、およそ100点に及ぶ戦後日本の多彩な作品を時とともに追いながら、デザインとアートの境界や“重なりしろ”を見つけていく小さな旅です」と書かれています。いわゆる「美術」の文脈で制作された絵画や彫刻といった作品から、インダストリアル・インテリア・グラフィックなどのさまざまな「デザインプロダクツ」、そして近年目に付くようになったアーティストとメーカーやブランドとのコラボレーションの数々が同じ空間の中で展示されており、興味深い内容となっています。「アート」と「デザイン」は違うのか変わらないのか、近いのか遠いのか、そのあたりを感じたり考えたりしながら鑑賞すると面白いのではないでしょうか。

 ここで言及したのは、同じデザイン関連の企画で当館の『田中一光 デザインの幸福』展と時期が被っているせいもありますが、この展覧会自体に当館も少々ご縁があるから、ということもあります。当然のごとく、田中一光の作品は大阪中之島美術館のこちらの展覧会にも展示されていて、その中には奈良県立美術館コレクションも含まれているのです。どの作品なのかは実際に会場へ足を運んで確かめていただければと思います。また、三宅一生の作品もやはり展示されています。さらに、『デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン』には、当館の籔内佐斗司館長の彫刻作品《犬モ歩ケバ》(1989、兵庫県立美術館所蔵)も出品されているので要チェックです(下の画像は私が中之島美術館で撮ってきたものです)。
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 他にもこの展覧会には印象に残る作品やプロダクトが多数展示されているのですが、個人的に忘れ難いものを最後にひとつ挙げておきましょう。それはインテリアデザイナーとして世界的に知られた倉俣史朗(1934-91)の代表作、《Miss Blanche (ミス・ブランチ)》という奇抜な発想でデザインされた椅子です。私は奈良に来る前、長く東京の原美術館に在職(1993-2019)していたのですが、原美術館では1996年に『倉俣史朗の世界』展を開催し、好評を博しました(その後1999年まで数か国へ巡回)。今では大阪中之島美術館の所蔵となっている《Miss Blanche (ミス・ブランチ)》は、この展覧会に出品されていたそのものだということで、私は担当者ではありませんでしたが、今になって大阪で巡り合うとなると感慨深いものがありました。

 長くなりましたが、間もなく始まる『田中一光 デザインの幸福』展にはぜひご来場いただければと思います。

安田篤生 (副館長・学芸課長)