第67回 EV

 いま世界は、化石燃料系自動車から電動自動車(Electric Vehicle, EV)へ大きく移行しようとしています。EUでは、2035年以降に内燃機関のみの新車での販売禁止が明文化され、バイデン大統領は、2030年に新車の半分をEVにする大統領令に署名したということで、この流れは世界的潮流になりました。しかし、ひとくちにEVといっても、さまざまな方式があり、それのどれを言っているのかは微妙なところです。そして、多くの自動車がEVに置き換わったとき、現在の発電能力で賄えきれるのか大いに疑問です。

 1997年にトヨタが世界に先駈けて売り出したHEV(Hybrid Electric Vehicle)・プリウスは、エンジンで発電し充電しながら驚異的燃費で走る性能で世界の度肝を抜きました。しかし、Hybridの核心技術の特許のほとんどをトヨタが取得したために、欧州各メーカーはトヨタのHybrid方式を敬遠し、クリーンディーゼルやマイルドハイブリッド、そして排ガスからCO2や窒素酸化物を一気にゼロにしてしまおうというEVの開発などを生き残りをかけて進めています。近年、純粋なBEV(Battery Electric Vehicle)のほか、家庭用電源で充電できるPHEV(Plug in Hybrid Electric Vehicle)、化石燃料以外の燃料を使うFCEV(Fuel Cell Electric Vehicle、燃料電池車)などが続々と登場しています。

 純粋なEVは、エンジン車にくらべて構造が単純で部品点数が大幅に少なく、製造コストも安いため大規模な設備投資が不要で、バッテリーさえ調達できれば新規参入も比較的容易です。また運転操作も簡単なために「走るパソコン」「大きなプラモデル」などと言われ、2009年から本格的にEVに特化して市場に算入したTESLA社は、世界の投資家から莫大な資本を集め、EVにおいて世界一の販売台数を誇るまでになりました。

 また十年ほど前、敦煌へ行った際に、そこを走り回るスクーターや小型公用車のほとんどが中国製電動車だったことにビックリし、中国のEV戦略の本気度を垣間見ました。その後、手篤い補助金政策により中国製EVメーカーが雨後の筍のように誕生し、一気に世界の市場を制覇するかに見えました。しかし、バッテリーの発火事故の頻発や、世界の安全基準を満たしていない脆弱な構造のために輸出ができないなどの問題が明るみに出て、あげくに2022年の補助金打ち切りによって、中国のEVメーカーは淘汰の時代に入ったと見られています。

 そしてロシアからの天然ガスに頼っていた欧州は、ウクライナ戦争の影響で供給が不安定になったことで発電能力に黄信号が点りました。またEV一辺倒は、雇用や下請けが激減することが予想されるなど前途は多難で、派手な報道の割りには、2023年までの世界の自動車市場における占有率はわずか1.5%以下で、マスコミが騒ぐほどの勢いではないのが実情です。EV推進一辺倒のわが国の報道とは裏腹に、水素を使った水素エンジンの研究は、トヨタだけでなく欧米や中国のメーカーも大変熱心です。またエンジン搭載車への需要も根強くあります。大地震などで一気に電源喪失する可能性の高いわが国では、備蓄のできない電源だけでなく、戦略的にエネルギーの多様性を確保するとともに、自家発電装置としても使えるHybrid方式が、水素自動車が普及するまでの一番賢明な方法だと私は考えます。

 地球温暖化の原因のひとつに、大まじめに家畜の「ゲップ」が原因に挙げられていますが、そのうち健康志向の人がジムやジョギングで吐き出す二酸化炭素や、オリンピックやプロスポーツも二酸化炭素の大量発生源にされるかも知れません。もちろん、現代人が飛行機や車による不必要な移動や日常の贅沢をやめるなど、European Green Deal政策(EUが採択した人間活動による環境負荷の削減政策)の圧力はますます強まり、私のようなゴミを出すのが仕事の彫刻家など、遠からず社会悪にされるのは必定でしょう。

 そして人道主義を訴える国連や、UNICEFの勘違い広告も堅く口を閉ざしていますが、深刻な地球環境問題の根本原因は何か、「世界人口の推移」(国連人口基金)の恐ろしいグラフが教えています。

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2023年7月5日 
奈良県立美術館館長 籔内佐斗司