深める 深掘り!歴史文化資源

1 神社と記紀の神々

  • ヤマト王権成立よりも古い奈良県の神社
    奈良県の古社には、ヤマト王権が発生する前から奈良盆地に根を張り、生活してきた氏族に由来するものが多く見られます。大神神社の三輪氏、石上神宮の物部氏、葛城山の裾野の葛城氏や鴨氏などです。それら氏族が祀ってきた神々は、ヤマト王権成立後に王権所縁の神々に習合されていきました。こうして、王権所縁の神々とともに、それぞれの地域、氏族の神々が「古事記」「日本書紀」に登場することになったのです。
  • 社殿のない神社
    柿本人麻呂は「石上布留の神杉神びにし吾やさらさら恋に遭いにける」(訳・石上の布留の森の神杉のように、神さびて古び年老いたこんな私もまた恋をするのだなぁ)と、布留の森を歌いました。「布留の森」とは石上神宮(いそのかみじんぐう、天理市布留町)の森のことです。この神社は大神神社(おおみわじんじゃ、桜井市三輪)とならび、我が国最古の神社であるとされています。さらに大神神社との共通点は、もとは社殿のない古式の信仰形態をとっているということです。大神神社のご神体は、よく知られているように秀麗な山容の三輪山ですが、石上神宮の場合は「高庭の地」という、「布留の森」の奥にある空間を信仰の対象としています。この空間に崇神天皇七年、物部氏の遠祖である饒速日尊(にぎはやひのみこと)が天下るときに持ち来たった十種の神宝と、神武天皇が大和へ東征した折に、一行を土地の神々から守護した布都御霊大神(ふつのみたまのおおかみ)という神剣が埋められました。おどろくべきは、明治7年に当時の宮司により社地を調査した際、多くの宝物が発見され、現在は神宝として奉斎されているのです。そのような石上神社と大神神社は、「山の辺の道」とよばれる、我が国最古の官道のような道でたどることができます。山裾に座す二つの社と山裾を縫う古道により、古代奈良盆地の情景を想像することもできるのです。
  • 鴨神社のはじまりは奈良にあり
    奈良盆地の南西方には、ヤマト王権発生以前からの風格をもつ神社が多く見られます。「古事記」にも名前が出てきますが、鴨都味波八重事代主(かもつみやえことしろぬし)を主祭神とする鴨都波神社(かもつばじんじゃ、御所市宮前町)がそのひとつです。この神社周辺には、古代鴨一族が水稲耕作を営んだ遺跡があります。事代主を奉斎して田の神を鎮め祀った所以から、皇室の守護神として崇拝され、またそれを祀る鴨氏は神武、綏靖、安寧の三帝に娘を娶らせました。のちに平安京遷都後も洛北に盤踞する鴨氏(加茂氏)の祖神である高鴨神社も葛城山の山裾にあります。全国に数多くある鴨社は、すべてこの高鴨神社に源を発しているといわれています。全国の鴨神社のルーツは奈良にあったのです。
  • 一言主神社の由来
    「古事記」「日本書紀」雄略天皇の条に、天皇が狩りをしていると、ご自分と同じ身なりをした神が現れ、ともに鹿狩りを楽しんだとあります。またこの神はよきこと、悪しきことを一言で言い放つ神、と書かれています。一言の願いなら何でも聞き届けてくれるという信仰をもち、里人からは「いちごんさん」と呼ばれ、現在も親しまれています。それが一言主神社(ひとことぬしじんじゃ、御所市森脇)です。

近年、神社を訪れる契機としてパワースポットという考え方があるようです。パワースポットとは、訪れる人の心の充足をもたらす場所という意味のようですが、それらの場所は、少なからず歴史と我々を結ぶ場所でもあります。ふだん私たちが何気なく目にしている神社には、由緒はもちろんのこと、興味深いエピソードがたくさん残されています。「古事記」「日本書紀」をひもとけば、神社参拝もまた違った楽しみがプラスされるかもしれません。

監修:奈良大学文学部国文学科 上野 誠教授

古事記・日本書紀を楽しむリンク

記紀・万葉プロジェクト

http://www3.pref.nara.jp/miryoku/narakikimanyo/
古事記が完成して1300年となる2012年をスタートに、日本書紀完成1300年となる2020年にかけて、「本物の古代と出会い、本物を楽しめる奈良」をコンセプトにしたプロジェクトを実施。

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