活かす 聖徳太子プロジェクト

聖徳太子ゆかりの市町村 大和郡山市

熊凝精舎の跡地に建つ『額安寺』と、『稗のご飯伝説』

額安寺本堂
稗田環濠集落
聖徳太子とのゆかり

大和郡山市には、聖徳太子とのゆかりが2つあります。
1つ目は、額田部寺町にある額安寺です。この寺は、聖徳太子が建立した仏教の学舎(まなびや)である熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)の跡地に建てられています。まさに、我が国の政治に仏教をとりいれた聖徳太子の教えを受け継ぐ地であるといえます。
2つ目は、稗のご飯伝説です。613年、稗田の里(現大和郡山市稗田町)を訪れた聖徳太子は、村人から稗飯を出されました。太子がその理由を問うたところ、水が無く稲が実らないことを知らされ、灌漑事業を行いました。―――この伝説は、大和郡山市の人々の間に広く伝承されています。

聖徳太子ゆかりの歴史文化資源

額安寺の本堂(市指定文化財)は1606年に建てられたものですが、奈良時代以来の伝統を持つ五間仏堂です。また、本尊の乾漆虚空蔵菩薩半跏像(国指定重要文化財)は757年頃の作とされており、現存する虚空蔵菩薩像としては日本最古のものです。
稗のご飯伝説の舞台となった場所にあるのが、稗田環濠集落です。東西約260m、南北約260mの環濠は、戦国時代には外敵からの防衛の役割を果たしたといわれています。